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パタンと呆気なく閉じられたリビングの扉に、父親は短い溜息をついた。
これだけ強面な父親でも、篠山家では女性陣の方が強いらしい。
急に静まり返るリビングに、残されたのは熊のような祥子の父親と、七汐。
だが、来訪した時のような居心地の悪さはもはやない。
かと言って、ムードメーカーを務めた祥子の母親がいなくなっては、どのような話題を振ろうかと悩ましいところ。
わざとらしく整えられたこのリビングには、話題のネタになるようなものが見当たらない。
(この年代の男性を饒舌に語らせるには、仕事の話を振るのが一番だが……)
七汐は、仕事で鍛えられたコミュニケーションスキルを発揮しようと、祥子の父親の方を振り向いた。
すると彼が口を開くよりも先に、大柄の父親が徐に七汐に頭を下げた。
「っえ?」
明るく話題を振ろうとした七汐も、これには戸惑いを隠せない。
「あの……?」
「君が―――……萩原君のような人が、祥子の彼氏で良かったと思う。
察しの通り、私は長年仕事人間でな。マル暴として何日も家に帰らない事も多かった……」
測らずとも、彼が語り出したのは七汐が話題にしようとした“仕事の話”だが、その雰囲気から、楽しい内容にはならなさそうだ。
話がし難い為頭を上げるよう促すと、おずおずと顔を上げる。
父として、仕事人として、家庭との両立を抱えて苦労をしてきたのだろう。
長年誰にも話せなかった胸の内だと、彼はぽつりぽつりとその想いを語り出す。
家に帰らない父に代わり、一人娘の祥子は幼い頃から驚く程しっかりした子だったという。
気が強く、正義感が強く、頭も良かったため学生時代は女子生徒にモテる事も多かった。
大学卒業後、友人達が就職・結婚をしていく中、祥子は大学院に進み大手企業に就職。キャリアを磨いてきた。
しっかりした性格が裏目に出て、異性からはライバル心を燃やされることはあれど、色恋話とは程遠くなっていく。
父としては、結婚だけが人生の全てではないし、娘には一人で生き抜く強さも力もあると思っている。だから、それも良しと考えていた。だが、祥子は母親に焦りと複雑な胸の内を話していたようだ。
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