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開いた口が塞がらないとは、この事だろう。
『篠山』と書かれた表札を指差しながら、涼しい笑顔を見せる祥子に
七汐の思考は停止した。
紹介された家を見上げる事、数分。
漸く事を理解した七汐は声を押し殺しながら抗議する。
「―――ッッ！
そう言うのは、予め教えてくれないと困ります！ご実家に伺うと分かっていたら、きちんと準備できたのにッ」
「だから、言わんかってん。
萩原君真面目やから、言ったら絶対気ぃ使って手土産とか用意しそうやもん」
「当たり前でしょ！！俺は祥子さんの事本気なんです！ご両親にもきちんと誠意を伝えたい」
「ええって！うちはそんなかしこまった家ちゃうし。親もただの公務員。見ての通りごくごく普通の家やし？」
「いや、そういう事を気にしている訳じゃないです。祥子さんのご実家だから、気にしているんです!!」
本日のデートプランを全く聞かされていなかった為、アウトドアにも対応できるようにとシンプルでラフな格好で来た。当然荷物の中にも、ご両親に挨拶できるような畏まった服を用意はしていない。
(不測の事態も考慮しておくべきだったか―――
いや、いくら何でもご実家に伺うとまでは予測できるはずがない)
残暑の所為だけではない、
頭痛のする頭を抑える七汐に構う事無く、彼の手を引き祥子は門扉を開けた。
「お義父さんに『こんな礼儀知らずな男にうちの娘はやれん』とか言われたらどうしよ。」
「あはは！ドラマの観すぎやで、萩原君。うちが父さん睨んどくし萩原君を守るから、大丈夫やて」
「守るって―――ご両親に、会うんだよね？
(寧ろ、貴女のご実家とは出来るだけ良好な関係を築いておきたいのだが……)」
熊にでも対峙するような物言いの彼女の言葉に、七汐の心中は不安しか残らない。
ともあれ。
ここまで来て、逃げるという選択肢はない。
祥子との将来を真剣に考えているからには、ご両親へのご挨拶は、遅かれ早かれ通らなければいけない道なのだ。
それが、何の準備もなく唐突に訪れてしまった事はマイナス要因だが、今できる精一杯の誠意を見せる他ないだろう。
七汐は息を呑み、腹を括って背筋を伸ばした。
「ただいまぁ！萩原君連れてきたでー」
緊張感のない祥子の声に、七汐の胃がキリキリと痛む。
(後で、胃薬飲んでおこう……)
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