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「すき焼き?」
「そう!」
生卵を割り入れた器を二つ、ダイニングテーブルに乗せた祥子は
楽しそうにとり箸を七汐に差し出した。
鍋の中でくたくたに煮込まれた野菜と、甘辛い醤油の艶やかに主張する肉の香りが、暑さにバテた身体に食欲を蘇らせる。
「「いただきます」」
今日の夕飯の出来栄えに、満足そうに舌鼓を打つ祥子を見ながら、
七汐は近日感じていた少しの不満をぶつけてみた。
「最近―――祥子さんばかり夕飯作っている気がする」
それはつまり、夕飯を作った“ご褒美”を得られていないという事。
身体を許してくれたあの夜以来、
七汐にとっては緊張の出来事でも、彼女にとっては大した事柄ではなかったのかと落ち込んでもみたが、“夕飯作り”については不自然なくらいにさらりと交わされ続けていたのだ。
「あら、そう?」
「―――……明日は俺に作らせてください!」
「いいのよ?萩原君はお仕事も忙しいし、勉強も頑張ってもらいたいから!」
今だってそう。
事前に申し出ようとするものの、仕事や勉強等を理由に断られる始末。
確かに、こうして祥子の作るご飯を食せるのは幸せで
夕飯作りの時間を他の事に使えるのは有難い。
だが、これでは七汐の“食事作り自立”に対して本末転倒ではないか。
それに加え祥子からの“ご褒美”の機会が得られないのは、些か寂しい。
こうして鍋を突き合うくらいには、気を許してくれていると思っていたのだが―――。
(やっぱり、あの夜―――無茶ぶりし過ぎた所為?)
向いの席に座り、熱々の豆腐をふぅふぅと息で冷ます祥子に視線を向ける。
言い訳の一言でも繰り出そうと 意気込んだものの、
年上とは思えない無邪気な祥子の姿に、七汐の熱意は呆気なく奪われた。
(可愛いが過ぎるんだけど……)
―――とてもじゃないが、言い返せない。
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