Thirty-two ページ34
「記憶さんってがん細胞の記録もしてたりします? 」
「ん?まあ、してるなあ」
「ふーん」
ぷつりと会話が途切れ、沈黙が訪れた｡
正確には2人が同時にカップを傾けたため｡気まずくなって黙った訳ではない｡
今日は新しい紅茶が届いたので味見しよう!というAの提案で、ゆったりとティータイムを楽しんでいた｡
「美味しいですねえ」
「そうだな｡でもAは前飲んだ紅茶の方が好きそう」
「え!何で分かったんですか!? 」
Aのことをよく見ていたから｡最近は尚更｡
そんなことを言えるはずもなく、何となくだとはぐらかした｡
「聞かないんですね」
「何をだ? 」
「がん細胞について尋ねたことです」
Aはフッと真顔になり、紅茶から記憶細胞に視線を移した｡彼の考えを見透かすかのようにじっと｡
「言いたいことがあるなら自分から言うだろ、Aは」
「……お見通しってことですか」
Aはふふっと笑ってまたカップに口をつけた｡
その口から何が語られるのか｡記憶細胞には予想もつかない｡
「その記録って部外者には見せちゃいけないんですよね? 」
「そういう決まりだからな」
記録細胞はあまり驚かなかった｡Aのはぐらかし方にはもう慣れてしまったのだ｡
「気になることでもあるのか? 」
Aはちょっとだけ目を見開いてから眉を下げた｡
「……かなり昔、変な細胞に勧誘を受けましてね｡」
Aは目を静かに閉じた｡
記憶細胞は彼女が悲しそうな顔をしていないか、そっと覗きこんだ｡取り敢えず大丈夫なようなので、安心して息をつきあいづちをうつ｡
「どんな?」
「免疫細胞に復讐しないかって｡私ががん細胞を作れば可能なんだとか言ってました｡まあ、本人は冗談とかなんとか言ってましたけど」
「……ほう」
それ以外言えなかった｡自分も一応免疫系の一員なのだから｡
「どこかで私の噂を聞きつけたんでしょうね｡私はまだ独立したてで頼れる人もまだいませんでしたし」
飄々と語るAだが、目はまだ閉じられたままだ｡
「それで……Aはどうしたんだ」
「私は……」
ゆっくりと彼女のまぶたが上がる｡それがどこか大人びていて、記憶細胞は見とれてしまった｡
「断りましたよ、もちろん｡免疫細胞さん達に恨みはないですから」
Aはかつて消されかけたと言っていた｡それなのに恨みなんてないと堂々と言い放った｡
彼女は、Aは強い｡
記憶細胞はそう思わずにはいられなかった｡
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作者名：futureblue�鏡� | 作者ホームページ：http:/
作成日時：2019年3月8日 17時
