Thirty-one ページ33
｢記憶さん、もしかして元気ないですか? 」
「そっそんなことないぞ! 」
嘘ではない｡声は裏返ったけど｡
Aと散歩した翌日から、記憶細胞はぎこちなくなった｡
そりゃそうだ、だって初恋を自覚したのだから｡
そしてその相手とこうして話しているのだから｡
「怪しいですよ? 」
「気のせいだよ」
今度は普通に言えた｡
Aは身を乗り出し目を細め、じっと記憶細胞を見つめた｡
だがそのうち飽きたのか、そうですかと言って元の場所に戻った｡
その間にも記憶細胞はドキドキしっぱなしだった｡今までならなんてことなかったのに、意識してみたら今までいかに距離が近かったことか｡
「何がなんだかは知りませんけど、無理だけはしないでくださいね? 」
記憶さん、集中すると時間とか忘れそうだから……｡
そんな些細な言葉さえ、記憶細胞には全て好きという感情に変換される｡
そうだ!と手を叩き、Aはパタパタと部屋へと戻っていった｡
記憶細胞は何事だ?とベランダの手摺に寄りかかりAを待つ｡
再びベランダに戻った彼女の手には、クッキーの入った小瓶が握られていた｡
「記憶さん、お疲れみたいですから｡そんな時には甘いものですよ! 」
ふんっと声を上げて瓶の蓋を開けようとしたらしいのだが、まったく蓋は回らない｡
あれ?と思いながら同じようにもう一度試してみるが、いっこうに開く気配がない｡
おかしいな、と思って首をかしげていたAの手から瓶が取り上げられた｡
「ほい」
そう言って記憶細胞は簡単に開けてしまった瓶をAに返した｡
「……けっこう固かったんですけど」
「そうでもなかったぞ? 」
固く閉めた覚えはない瓶の蓋｡その蓋を記憶細胞が開けた｡
一体どこにそんな力が……?
思わず細身の記憶細胞を見るが、彼は小首をかしげてばかり｡
意外と握力があるんだなあ｡
胸がざわついたような気がしたけれど、Aはそれを感心したということで無理矢理片付けた｡
Aはスッと瓶の中からクッキーを1つ取り出した｡
彼女からクッキーを受け取ろうとしたのだが、手を引かれてしまう｡
何でだ?今さっきくれるって言ったのに｡
記憶細胞の頭の中ははてなだらけ｡
「あーん」
「……え」
「いらないんですか? 」
記憶細胞はフリーズした｡あーん?
生憎、Aに悪気はなさそうだ｡ごく当たり前のことだ、とばかりに彼が口を開くのを待っている｡
記憶細胞は恐る恐る口を開けた｡
「美味しいですか? 」
味なんて分かるはずもないけれど、記憶細胞は美味しいと答えた｡
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作者名：futureblue�鏡� | 作者ホームページ：http:/
作成日時：2019年3月8日 17時
