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「なあに。心ここに在らず、やな。」
その声でハッと意識がはっきりする。
私、何考えてたんだろう…
「せっかく俺が来てんのに。」
そうやって、私の肩に頭をのせて、耳元で囁いてくるのは、この街では吉岡の旦那で有名だけど、私にとってはただの構ってちゃん、廉。
「…失礼しました、吉岡様。ご機嫌取り戻してくださりません？」
「んふ。今さらそんな態度とっても遅いわ。そもそも吉岡様ってなんやねん。」
そう言って、抱きしめる手の力が強くなる廉。
「ごめん、何話してたんだっけ？」
「別に話してはないで。
ただ、いつもやったらこんなにくっついたら、払ってくるのにされへんから変やなって。」
仕事中に何してるんだろ…
せめてもの救いは、相手が廉でよかったってこと。
廉は、古くからのお客で、そこそこの事じゃこの関係を解消しようとはしないから。
「俺が来るよりええことあったん？」
なんて、思わず廉の顔を見ると、女なら誰でも落ちそうな妖艶な表情で見つめてくる廉と目が合う。
「…そんなんや、ない。」
「返事が遅れたってことは、あったんや？」
「まあまあ、女のことに関して、俺にわからんことなんてないんやから諦めろって。」
そう言い切った廉。
言ってることは、めちゃくちゃに聞こえるけど、事実この人にはなんでか隠し事は出来ないから、あながち間違ってもない。
ただ、言い方には少し腹が立つけど。
「見知らぬ男に一目惚れねぇ…
しかも祇園の遊女が。」
とても楽しそうな目で話を聞き終わった廉が意味ありげに口にする。
「一目惚れ？？…そんなんやない。ただ、もう１度会ってこの着物返したいってだけで…」
「へぇ…ほんまにそれだけ？」
「それだけに、決まってる。
何その顔。絶対楽しんでる…言わへんかったらよかった。」
そんな風に言ってしまえばますます楽しみ出すこの男は本当に意地の悪い。
「でも、Aもそろそろそういうことした方がええで。」
「何言ってるの…？私がそういうこと出来る身分じゃないこと…！」
思わず鋭い視線で睨みつけてしまったようで。
「あ〜あ、怒ってしもた。まあまあ、最後まで聞けって。
そういう色恋沙汰は、女をより女にさせるんやって。」
「事実、今日のお前はいつも以上に綺麗や。」
そう、急に真面目な顔で言ってきた廉に、お客ながらに心を掴まれかけて。
やっぱりこの人に敵う、女はおらへんのやろか…なんて思った。
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作者名：ゆう
| 作成日時：2017年9月6日 19時
