＊ ページ12
ゾムと呼ばれる彼に対して、触れる体温はあれしかいなかったけれど、でも、自分のクローンは幾百も生産されている。
幾百のうちのひとりやふたりは、誰かの差し出した手を取れるまでにはなっていたのかもしれない。きっと、ほんとうは、どこかには――いたのかも、しれない。
けれど。
男の思考は、逆説の接続詞を踏む。
少なくとも男がその事実を意識することは今までになかった。それに、彼が意志持たぬ人形から人間に戻ってくるきっかけとなったのは、間違いなく、ゾムと呼ばれる彼と、彼にパンを与えた少年であった。
なんの遠慮もなく、なんの含みもない態度で、なんだかんだゾムの手を引いて歩いてくれたから――だから。
自分に対して敵意満載の目を思い出して、そしてその目がゆるんで、だんだんと戸惑いに満ちていく様を思い出して、男は微笑む。
ほんのわずかに、口元がほころんだだけの笑い方。狂喜に満ちた口元が裂けるような笑い方とは違って、口角を少し上げるだけの下手くそな笑い方は、ゾムと呼ばれる彼とは少し違っていた――それを自覚する術は、男にはない。
ほんとうは、嬉しかった。
ゾムーク個体識別ナンバー３０７号、ゾムと呼ばれる彼ではないとわかってもらえることが嬉しかった。
けれど、どうしてだろう、男は今とても寒いのだ。
かじかむ手に息を吹きかけて暖めても、じくじくと寒さに蝕まれている。
「……さむいなあ」
ゾムと呼ばれる彼はどうしているのだろう。男はぼんやり思う。
自分を傷つけられても、それでも手を伸ばすことをやめなかったようなあいつに、慰められているのだろうか。仲間たちに囲まれて、大事にされているのだろうか。
どうしてだろう。男にとって、それは、それはひどく――ああ、さむい。
……わかっているのかもしれない。いや、わかっているのだろう。目を背けているだけで。
基本的には男の思考を汲み取って動くクローンたちが、ストーブをつけようとしなかったのだから。
つまり、この寒さは、実のところ――行き着く思考を、男は見て見ぬふりをする。
「さむいなあ」
ぽつり。
男はそうこぼした。あまりにもか細くて、あまりにも泣き出しそうな声だった。胸元をぎゅうと握りしめても、そこには脈を刻む心臓があるだけだった。
時は否応なしに進む。停止し続けるものなど何一つない。
取り残されたくなければ、歩き続けるしかない。
追いつきたければ、走り続けるしかない。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 240人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「wrwrd」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
青空 - 久々に見たら再公開していて発狂しました。おかえりなさい！！！！！何度か捜索を試みたのですが、難しいですね！！全然分からない！！！！ (2020年4月24日 16時) (
レス) id: 2914a8cacc (このIDを非表示/違反報告)
るのは - やっぱり続編も最高…（ほくほく）更新もしていただけるとかもう…貴方が神か…？そして殺意高いっすねどうしたんですか？？？楽しみにしています！ (2020年4月11日 10時) (レス) id: 0aebb521ec (このIDを非表示/違反報告)
泥の花(プロフ) - 殺意高い系作者さんですね！(白目)引っ越し先で何があったんや、、、。更新お待ちしております！ (2020年4月11日 1時) (レス) id: f396f2a042 (このIDを非表示/違反報告)
青空 - またどこかで素敵なお話を作りあげていらっしゃることを期待して。お会いできたら嬉しいです！ (2019年10月18日 0時) (レス) id: ec3f127efc (このIDを非表示/違反報告)
青空 - 楽しみにしていた作品が読めなくなってしまい、とても残念に思っていましたが、「引っ越したということは、また見つけることができれば読めるんじゃないか.......？」と希望を持ちました。 (2019年10月18日 0時) (レス) id: ec3f127efc (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
