【文アル】文豪のみぞ知る文豪 (ページ1)

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開幕ページ1

しんしんと雪が降る。いつから私はここに立っていたのだろう。吐き出した息は白くなった後に空気中に溶けていった。

手に持っていた黒を中心とした灰色やら何やらが混ざりきっていない表紙の本を見詰め、目を逸らした。本は好きだが、この本はなんとなく読みたくない。

辺りを見渡せばどこか懐かしい大きな木が目に入る。さくさくと雪を踏みながら近寄った。

ざらりとした表面の幹を撫でるとふわりと漂ってくる木の匂いに、ほう、と安堵にも近い溜息を吐いた。

「あ、やっと会えた。……こんにちは！お姉さん、が、新しい文豪？」

「こ、んにちは…？」

輝く綺麗な星をマント裏に散りばめ、双眼鏡を首に下げた一人の少年がにこりと人当たりの良い笑顔を浮かべる。長時間冷たい空気に晒されていたのか、頬や鼻は赤くなっていた。

いつの間に後ろに立ったのだろう。首を傾げると少年は、わあ！とはしゃぎ出した。

「ここがお姉さんの思い出の場所なんだね！なんだか、僕も懐かしいや！」

「思い出の場所？私の？」

「そう！お姉さんは生前、ここで一番心に残る事と遭遇したんだよ！何か、思い出せる？」

私の手を引いて木の周りをぐるりと一周する少年は何かを期待するようにこちらを見上げた。

何か、何か、私はここで何かしたんだっけ？

―――『君も何か書いてみたらどうかな。きっとその気持ちも晴れるよ』

「……お兄さんに、物書きに誘われた場所」

「お兄さんの名前は？」

「賢治さん……宮沢、賢治」

木の幹に背中を預け、思い出そうとうんうん唸る。というかこの少年は何なんだ。なんでお兄さんの名前を出した途端に嬉しそうな顔をするんだろう。

「じゃあ、お姉さんのお名前は？」

「私？私は……」

答えられずに口を噤む。少年は優しく微笑んだ。