36歩目 ページ39
キスを、していた。
Aは早足で家路を急ぎながらぐるぐるとそのことばかり考えていた。キスぐらい当たり前だ。あの二人は恋人同士であるからキスもする。そんなことわかっていると思っていた。でも、
『キスして』
『……分かった』
あのやり取りがずっと頭に残っていて、蒼が桐島麗にキスしている瞬間が脳裏に焼き付いて離れない。歩いている間にも心がズキズキと痛んで悲鳴を上げている。家に着いて中に入ったAは扉を背にズルズルと座り込んだ。
「っ、う……」
ポタリと眼鏡に雫が落ちる。痛くて苦しくて堪らない。何故だか涙が止まらない。頭の中にはあのシーン。それから、蒼の姿が浮かぶ。
「何で僕、泣いて……?いやだ、止まってよ…ッ!」
何度拭っても溢れてくるそれは自分ではどうしようもない。どうしてこんなに苦しくて辛いのかA自身が分かっていないからだ。
「夕飯、作んなきゃ……」
濡れた眼鏡を取り前髪にピンをし、流れる涙を我慢した。今日は親子丼を作る予定だ。それを作ったら今度こそ自室に籠ろうと作戦を立て準備を始めた。こんな心のなか蒼に会ったらもう止められないほど泣く予感しかしない。神様に、会わせないでくださいと何度もお願いをした。
前回は効率が少し悪かったかもしれないので親子丼が完成する前に掃除などをやることに決めた。素早く家のことを終えて急いで夕飯を食べる。大丈夫、まだ帰ってこないはずだ。大丈夫。
「…蒼……」
いつもなら向かいにいる優しくてイケメンな王子様はいない。静かに呟いたその言葉に答えていれる人もいない。まただ。心がギュッと痛くなる。
親子丼を食べ終えたAは自室に籠ることに成功した。さすがの神様もお願いを聞いてくれるようだ。有難い。
すると入れ違いで蒼が帰り玄関を閉める音が聞こえて、Aは盛大にビクついた。心が痛くなる。おかえりと声を掛けたいのに、会ったら泣きそうだから会えない。ジレンマだ。
「兄さん、いる?」
ノックとともに声が聞こえた。蒼の声だ。ズキリとまた心が悲鳴を上げる。とはいえ無視するのは余計苦しくなりそうだ。Aは小さく返事をした。
「いる、けど……何?」
「入ってもいいかな?お願い……兄さん」
何言っているんだ。この部屋に入られたら逃げ場がなくなってしまう。なのに、そんな泣きそうな声をされたら断れないじゃないか。蒼はやはりずるい。
「……いいよ」
痛む心を抑えて、Aは開く扉を見た。
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埋夜冬(プロフ) - 名無しさん» 読んでいただきありがとうございます!ありますよー!蒼くんの方が高いです!そうですねぇ、大体10センチくらい差があると思っていただければ! (2022年3月19日 7時) (レス) id: 19b82d3da7 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 身長差とかってあるんですかね (2022年3月19日 3時) (レス) id: 39136fade0 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - お伺いしたいことがあるんですが (2022年3月19日 3時) (レス) id: 39136fade0 (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - 古紗雪さん» 待っててくださりありがとうございます!更新頑張りますね!もうガン見しててください(笑) (2019年2月28日 22時) (レス) id: 59284e1a90 (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - 龍晴さん» そろそろ続編にいきますよ!そこで完結です!夢主くんと蒼くんはどうなるのか!?麗は成敗出来るのか!?モモの正体は!?乞うご期待ですよ! (2019年2月28日 22時) (レス) id: 59284e1a90 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:埋夜冬 | 作成日時:2018年12月28日 1時