18冊目 ページ20
その日の夜、湊はリビングに来なかった。一応夕食は扉の前にラップをかけて置いておいたが食べた形跡がない。
今日は出版社に行かなければいけないので声を掛けたが返事はなかった。
ああ、どうしよう。完全に嫌われてしまった。
「愛川編集長……」
「おはよう、って……何かあったのかい?」
愛川は何となく察したのか、会議室に誘い話を聞いた。
「なるほど。時ヶ瀬くんには、言い忘れていたね」
言い忘れていた?一体何を?
「彼の両親のことだ」
愛川は自身の知っている範囲で湊の両親のことを教えた。
精神科医で自分にも相手にも厳しいと噂されていた九条信彦と製薬会社で働く頭脳明晰な美女の桜木香織の間に生まれたのが湊だった。二人は頭もよく回り、デートでは意見の交換会のようになっていたが、やがて結婚した。美男美女夫婦として有名だったらしい。
だが、幸せは上手く続かない。湊を産んだときとほぼ同時に信彦が精神を患った。限界だったのかもしれない。精神を患っているのに香織は父と喧嘩した。出ていったり料理を作らなかったり、ヒステリックになることが多くなった。
「あの家はもともと、両親たちと住んでた家らしいんだ。部屋数が多いだろう?」
確かに。掃除をしたときも部屋数が多いと感じた。
そんな過去があったなんて、とAはあの時の自分を責めた。幼少期の湊からしたら、それはかなり思い出したくない記憶だろう。自分はそれを無理やり聞こうとしたのだ。
「謝らなきゃ……」
「うむ、行っておいで」
愛川に深くお辞儀をして急いで帰る。謝ったら許してくれるだろうか。傷を抉ったのに。
湊の専属編集者を、辞めたくない。
「九条先生!!」
家に戻ってから湊がいる部屋まで行く。許してくれる気がしないが、ひどいことを言ったのだから謝らないと。
「昨日のこと、申し訳ありませんでした。俺、何かの伏線だと思ってて編集者なのだから知りたいと思ってしまって。……愛川編集長から聞きました。九条先生の、ご両親のこと」
扉に頭を下げたところで見えないだろうが、Aは深く頭を下げた。
「すみませんでした。ひどいことを言ったと自覚しています。……九条先生の希望なら、専属編集者も…辞める覚悟です」
嘘だ。辞めたくない。この生活が、楽しくて、好きだから。
カチャリ。扉が開く音がした。Aはバッと顔をあげる。
「辞めるとか、言わないでよ」
泣きそうに顔を歪めた湊が、こちらを見つめていた。
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通りすがりの葉っぱ(プロフ) - 有難うございます! (2019年8月17日 12時) (レス) id: a112452463 (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - 通りすがりの葉っぱさん» ない……ですね。設定してませんでした。私は妄想するとき夢主くんを「涼(りょう)」と呼んでます!自由に付けてくださって大丈夫ですよ!! (2019年8月17日 0時) (レス) id: 59284e1a90 (このIDを非表示/違反報告)
通りすがりの葉っぱ(プロフ) - 主人公の名前って設定無しだと何になりますかね? (2019年8月16日 14時) (レス) id: a112452463 (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - アリアさん» そ、そんな……!(照)ありがとうございます!ライバルというか引っ掻き回すというかーって感じなんですけど、その分キュンキュン度をあげていきたいと思います!お楽しみに!!☆ (2019年8月10日 0時) (レス) id: 59284e1a90 (このIDを非表示/違反報告)
アリア - えちょっと続編すっごい面白そう...いや、この作者を疑うのは止めよう。絶対面白いよ!凜音の小説も待ってます☆ (2019年8月9日 18時) (レス) id: 39676cde20 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:埋夜冬 | 作成日時:2019年4月23日 23時