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人外、そう思う美しさであった。
月を反射する湖の水面に、当たり前のように立っている姿は人のそれではないかと思えた。
だが、半透明の被衣以外は平凡な黒い現代的服装であり、深緑の頭髪が時折覗く以外に非常な点はなかった。
振り返ったその人形は見物客へこう呟くのである。
「君は弁慶を知っているか?」
□
「何だその都市伝説」
釘崎野薔薇はため息をついた。原宿の改装された駅、その正面に大きく構えられたコスメショップへ買い物に来ていた中で聞こえてきた噂話を鼻で笑う。自分と年代の変わらない、むしろ少し上くらいの人間がそんな話で盛り上がっているのがいかにも”人間”という感じがして呆れていた。
店内を暇そうに物色する連れ二人はそんな会話に気づきもせず、ハンドソープのテスターをいじって周囲の女子の視線を集めていた。当然、というのもこの時代にはおかしいが、どうしても女子の多いフロアでは異質である。
「釘崎何にそんな悩んでんの?」
「しっしっ、あっちいってろコスメに縁のない野郎ども」
「ご挨拶なやつだな……伏黒なんか見たいもんある?」
虎杖悠仁は伏黒恵に声を掛ける。伏黒は首を振って、時間が過ぎるのを待った。
代々木公園に呪霊が現れる、その報告から呪術高専の一年生たちが訪れていた。釘崎が先ほど聞き耳を立てていた弁慶探しの都市伝説──というわけでもなく、三級呪霊の複数発生を討伐する任務だ。
いわく、宵闇の様に黒く、ナナフシのように手足の長い大きな怪物が夜中現れるという。
伏黒は呪霊の情報を反芻するように、画材のように並べられたアイシャドウを眺めた。水溶性なのか、少しだけ疑問を持ったが数秒にも満たないまま、脳内でイメージトレーニングを続ける。
ガラスの入り口からは日の傾きがよく見えた。退店した釘崎は、いつの間にかクレープを買いに出ていた虎杖と、付き添いの伏黒二人に合流して代々木公園に向かった。
影が伸びる夜、どこか瘴気が満ちるような気がする。人間も呪霊も、悪事には夜を好む様だった。
伊地知潔高は公園入り口で待機し、三人のみが該当エリアへ踏み込む。暗闇に端を溶かすように、手足が覗く。ゾッとする絵をわざと描くとき、こういう演出が多いよなと虎杖は思った。
流水が凍てるほどの寒気が三人を襲った。皮膚が割れたと錯覚して、反射で虎杖はその場を離れる。
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作者名:算数 | 作成日時:2021年12月28日 14時