夏夜の幻想【五条悟】

夏夜の幻想 後編 ページ7

蛍の乱舞をぼんやり見つめながら、でも、とAが言葉を続けた。

「こうやって死んだ人が逢いに来てくれるなら、素敵ですけどね」

Aがふわんと、蛍の方に手を伸ばした。

「私の知り合い、いるかなぁ」

切なく笑いながら呟く。


しんとした闇に、彼女の言葉は溶けていった。



少し沈黙が続いた後、Aが漂った哀愁を振り払うように明るい声を出す。

「じゃあ、蛍が光るほんとの理由、知ってますか？」

「僕は生物の教師じゃないからねぇ」


彼女がくすくす笑った。


「オスとメスが出逢うため、ですって。暗い中でも、相手に気付いてもらえるように」

「へぇー」

「幼虫時代に蓄えた栄養を燃やして光るらしいです」

「そうして光って、1週間で死んじゃうんだね」


そう聞くと、この幻想的な光の饗宴が、婚活に必死な修羅場の光景に感じてしまう。

流石に、風情がないか。


「そうです、風情ないですよ」

むっとして言うA。


声に出ていたようだ。


「運命の相手に気付いてもらえるように、出逢えるように、必死で光ってる瞬間なんですよ」

「ロマンチックな事言うねぇ」


え〜、とAが口を尖らせた。


「素敵じゃないですか。身を焦がして、命を燃やして恋、してるんです」


そう言って、ね？と同意を求めるように僕を見た。

その時のAの笑顔は艶やかで、だけど子どものように無邪気であどけなかった。

思わず、息を呑んだ。

目が離せなかった。







「お付き合いいただき、ありがとうございました。そろそろ帰りましょうか」

彼女の言葉を合図に、立ち上がる。


今度は僕が先導を切って歩くと、後ろの方で「わ！」と声がした。



振り返ると、道に足をとられているA。

つまずく彼女の姿が、闇夜に浮かぶ。

その背後では、蛍たちが乱舞していた。

優しい光の中に紛れて、彼女が儚く消えてしまいそうに感じた。


蛍たちの身を焦がす、恋の乱舞に紛れて。



「A、こっちだよ、おいで」



気付いたら、彼女に片手を差し出していた。


不意をつかれた顔をしていた彼女だったが、慌てて僕に手を伸ばす。


Aの手を、優しく握った。


無言で手を繋ぎ、ゆっくりと土手を登る。

ハザードランプがまばゆく点滅する車へ、2人で戻った。







コンビニに向かうため、暗がりに消えていく彼女の姿を見ながら、あの日を思い出す。


あれ以来、ね？と僕に笑いかけたAの笑顔が、何故だか脳裏に焼きついて、離れてくれない。

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