夏夜の幻想【五条悟】

香水 後編 ページ23

建人って。
あぁそっか、七海のことか。
七海が板につきすぎて忘れてたけど、七海建人って名前だったっけ。

まぁ同級生だし、仲が良いのは知ってるし、名前で呼ぶのかもしれないが。

何で香水？
普通、女友達に、買うか？






パソコンに向かい、私は報告書を書いていた。
珈琲を飲みながら、何とか眠気を覚ます。

お昼を食べた後の午後は、眠くて仕方ない。
人も出払っていて、尚更やる気が出ないし。

その時だった。

「A〜」

ゆるく声をかけてきたのは、五条さんだ。
私の隣の椅子に座る。

部屋には二人きりだ。
話せる事に、胸が高鳴った。



「A、ほらこれ」

紙袋を手渡された。

「ん？なんですか、これ」

五条さんが、にっこりと笑った。

「ハンドクリームあげる。手が乾燥するって言ってたじゃん」

確かに。
最近、料理する頻度が増えて水仕事が増えた。
自分の為に自炊する気には、なかなかなれないけど、悠仁や五条さんの為だと思うと、やる気になる。

不思議。

「わーありがとうございますー！」

早速紙袋を開けると、お洒落なデザインのハンドクリームがころりと出てきた。


早速、キャップを外して、すんと香りを嗅いでみる。


あれ、なんかこれ嗅いだことある。
すごく落ち着く、でもいい香り。
どこでだろ？


首を傾げていると、隣から腕が伸びてきた。

「つけてみてよ」


持っていたハンドクリームを奪われる。

五条さんが近付いた瞬間、感じた。

あれ、この匂い。


そんな私にお構い無しに、チューブタイプの容器を押して、私の手の甲にクリームを出してくれる。

「あ、出しすぎた」

人差し指で、手の甲のクリームをそっと拭う。
その仕草や感触にも、胸がときめいてしまう。

「良い香りでしょ」

自分の手にクリームを塗りながら自慢げに言う五条さんに戸惑いながら、慌てて私も手にクリームを塗りたくった。

ふわんと私の手から香るその香りは、五条さんから香るものと全く一緒だった。

嗅いだことがあるはずだ。

にこにこと私の顔を覗き込む五条さんに何も聞けないまま、「ほんと良い香り」とだけ慌てて返したのだった。




後日。

「ねぇ建人。男の人が自分の香水と同じ香りのモノを女の人にあげる心理って、何だと思う？」

期待と熱のこもった目で見る私を見下ろした後、建人はすぐ目を背けた。

「知りません」

「えー！？冷たい！」

その後、建人にまとわりついてみたけど、答えは教えてもらえなかった。

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