36 大人になるということ ページ36
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「 ええにおいやな 」
「 ん？ 」
「 金木犀 」
深く息を吸ってから
となりに座るAを見れば、
Aは同じように息を吸った。
「 俺、好きやねん。このにおい 」
「 うん、いいにおいやね 」
「 やんな 」
「 でも淳太くん、ちょっと煙草くさい 」
「 え、うそやん 」
Aの言葉に焦って
コートの襟(えり)に鼻をうずめると
かすかに香った煙草のにおい。
さっきまで、分煙のされていない
居酒屋にいたからだろう。
「 うわ、ほんまや 」
「 ふふ、変なかお 」
あまり好きではない香りに
顔をゆがめれば、
俺を見ていたAが
また笑った。
「 気づけへんかったわ 」
「 そっか 」
「 怖いな、慣れって 」
「 そやね 」
Aの隣にいれたあの頃は
きっともっと敏感に
煙草のにおいを嫌っていたのに。
「 煙草、吸うようになったん？ 」
「 いや、ちゃうけど。仕事の関係で
偉いさんとかよう吸ってるから
においは平気にはなった、かな 」
Aもたしか、
煙草のにおいが嫌いだった。
こんな風に変わってしまった俺を
Aがどう思うかがこわくて
コーヒーをまたひと口、飲み込めば
カップのなかがカラになった。
「 もう、29なんやもんね 」
「 そうやで、ほんま 」
「 淳太くんも仕事、してるんやね 」
「 当たり前や 」
カラになったカップの底を覗いて
そのまま ぼうっと眺めていたら
ぽつりと落とされたAの言葉に
少し笑ったら、つられてAも笑った。
「 今日な、幼馴染みにアラサーどころやないって言われたわ 」
「 わ、それ同じ歳のレディに言う？ 」
「 レディって自分で言うなや 」
お互いの冗談に笑いあって
ほんまに変わらへんね、と
嬉しそうにAが言うから
俺も嬉しくなる。
「 でも、そんなに大人になった気せんね 」
「 たしかにな 」
「 大人になればもっと、
何もこわくなくなるのかと思ってたけど
全然、そんなことなかったし 」
「 はは、大人のほうが恐がりやろ 」
「 そう、やね 」
そう、きっと大人のほうが何倍も弱虫で、
失うことも、道を外れることも恐れて。
だけどそれは、
あの頃から同じだったかもしれない。
「 でもさ、あの頃の私のほうが
何倍も大人ぶってた気がする 」
「 あの頃？ 」
「 ４回生の、冬と春 」
Aの目が、ゆらゆらと揺れて
電灯の柔らかな光がそれを照らした。
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蒼蔵みほ(プロフ) - 桜さん» さくちゃん(;_;)読んでくれてありがとう(;_;)本当はいつも暖かさだけを書こうと思ってるんだけど、ルノワールの名前を出すには影も入れなくちゃいけないと…。そこを理解してくれるさくちゃんにありがとう(;_;) (2017年2月6日 21時) (
レス) id: ac1d6ae13e (このIDを非表示/違反報告)
桜(プロフ) - ようやくパルファンに手を伸ばす事が出来ました、優しく温かい文章の中に存在する確かな冷たさはみほちゃんの作品において良いスパイスであり、そんな描写があるからこそ彼らの物語が成立するのだと思うと切なくて、愛おしい、素敵な物語をありがとう、楽しかったです (2017年2月2日 19時) (レス) id: 3a95ea47e4 (このIDを非表示/違反報告)
蒼蔵みほ(プロフ) - 流れな星さん» 流れな星さん、ありがとうございます。やさしい物語、なんてすてきな表現を私の作品につかっていただけたことがうれしいです。私も、また流れな星さんにお会いできることを願っています。 (2017年1月9日 23時) (レス) id: ac1d6ae13e (このIDを非表示/違反報告)
蒼蔵みほ(プロフ) - なこたんさん» なこたんさん、ありがとうございます！そんな風に言っていただけて、何度もお伝えしていますが本当にうれしいです。大切な読者様のために、パルファンのほうもきちんと書ききりますので。お付き合いお願いいたします。 (2017年1月9日 23時) (レス) id: ac1d6ae13e (このIDを非表示/違反報告)
流れな星 - 執筆お疲れ様でした。やっぱり蒼蔵さんのやさしい物語が好きだなあと感じました。また次の作品も読者になれたら、と思います。 (2017年1月1日 21時) (レス) id: 6ec4e38795 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：蒼蔵
| 作成日時：2016年10月12日 19時
