溺れないでよ【シルバー】 (ページ35)

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記憶と決断ページ35

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ハッタリだとしても苦し紛れが過ぎる。汗が背を這う感覚がした。Aは真っ直ぐにサムを見つめた。彼の顔にAがすべき正しい行動の答えが書いてある訳では無いが、それでもAは必死だった。

『……今はまだありません。だからツケておいてください』

サムはまた大きく目を見開いた。そうして薬缶が沸いたかのように突然笑い始めた。大人からこうやって笑われるのはあまり良い気はしないし、普通に恥ずかしかった。
自分がどれだけ馬鹿なことを言っているのかは分かる。しかし、Aにはもうなす術がないのだ。「笑わないでください」と少し不機嫌そうにAは言った。

「そんなふうに言われたのは初めてさ」

『私だって、何の覚悟もなくそんなこと言いません』

一体こんな小娘に何が出来るのかとでも言いたげだ。実際、今のAには何の力もない。少し周りより魔力が強く生まれて、少し周りより努力家なだけだ。剣術はシルバーには敵わないし、体躯はセベクより劣っている。勉強は一番よく出来るかも知れないが、名門魔法士養成学校であるNRCでは、優秀な人間などいくらでもいる。しかし、それでもAは彼の持っている情報が必要だった。

『私の住んでいる茨の谷は他国との交流は殆どなく、まだまだ発展途上です。その為自分の出生なんて知りたくても何も分からないのです』

自分がどこの誰なのか、私が一番知りたい。
Aは強く拳を握った。サムの瞳に映るAは、とても田舎の小娘などではなかった。立ち上がったAに見下ろされて、どんな気分なのだろうか。
茨の谷が鎖国的なのは事実だ。しかしAが外のことを知らないのには、一時期国から幽閉されていたことにもある。民衆から危険だと判断されていた以上、仕方の無いことだった。

『だから、この学園で他の国や地域のことを知って、自分自身のことをもっと掘り下げたい。その為にも、貴方の持っているこの学園の情報が必要なんです』

私の情報が知りたいなら、貴方も協力しなければならない。何故貴方が私の情報を知りたいのかは私には皆目見当もつかないけれど。
Aは脅すように彼に顔を寄せた。彼は変わらずの笑みを浮かべている。少しでも何か、痛みのような印象を与えてやりたい。

「……いいだろう。その代わり条件がある」

『私に出来ることならなんでも』

谷から出て何かアクションを起こせられるのは、二度とないチャンス。これを掴まない手などなかった。