＊ ページ26
*
ローヒールの踵を鳴らしながら、今日の本当の目的地に向かう。
式場のスタッフさんに、予め許可をもらっているため、今私達を縛るものはない。
あるとすれば、それは少しの不安だけだ。
木でできた扉の、金属部分に手をかけ扉を開く。
中は、目ですぐに数えられる程度の木製の長椅子と、白い柱で支えられた鐘があった。
天井は高く、ヒールの音が少しだけ響いた。
白やピンクの花で飾り付けの施されたこの部屋は、どこか神秘的な空気を醸し出していた。
「＿ここで、坂田くんは私にプロポーズしたの」
「…俺は、何て言ったん？」
「結婚してください、だけだったよ。シンプルな言葉のほうが心に響くやろ…って」
「はは、いかにも俺が言いそうなセリフやわ」
鐘の前で足を止め、彼の手を離して振り向いた。
懐かしい景色だ。
でも、今は感傷に浸っていられる時間じゃない。
伝えなきゃいけない、ここで、今度は私から。
「私、悠くんの記憶、もう戻さなくてもいいのかなって思ってる」
そう告げた途端、彼は大きく目を見開いた。
まんまるな瞳が、不安定に揺れていた。
「…それは、何で？」
「笑ってる悠くんが一番好きだから」
それが理由じゃダメかな。
そう言って彼の瞳をじっと見つめ返すと、やがて目尻を下げてあははっ、と笑った。
わけがわからなくて、でも彼の笑顔がすごく、すごく綺麗で見入ってしまう。
「もっと重い理由かおもたら、そんな…は、あはは！」
「ちょ、そんな笑うことなくない！？」
「だっておもろいんやもん！はー、ほんま、好きやわ」
きらきらした笑顔を浮かべ、ありがとう！って言った彼が、私はやっぱり大好きで、愛おしくて、大切にしよう、なんて今更ながらに決意した。
彼は私に近づくと、大きく腕を開いた。
私は恐る恐るその胸に近づいた。
温かいそれが夢みたいに、いきなり消えないように。朝起きたら忘れる夢のように、消えてしまわないように。
大事に、大事に彼の背中に腕を回した。
「今日はとても幸せです、かぁ」
「いきなりなに、どうしたの？」
耳元で呟いたその言葉の意味がよく分からなくて首を傾げる。
「んーん、なんでもない！」
Q.1番好きなのなーんだ?
A.最愛の人の笑顔!
❀ ❀ ❀
『あなたと会えて幸せです』
❀ ❀ ❀
-fin-
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