30.困る ページ31
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心底、何言ってるんだ、とでも言いたげな表情。
心外だな。
本心なんだ、これが。
「死なれちゃ困るってんだ」
「謝礼なら保険金から貰ってください」
ケタケタと、自分のくちから笑い声。
黒髪のその人は、目を開けて
それから、瞑って、はぁ、と大きくため息をついた。
何言ってるんだと呆れられて気持ち悪がられるかと思ったけれど
その人は、まるで私の気持ちを知っているかのような反応をする。
「・・・死なれちゃ、俺が困んだよ。
A、来い。俺が解放してやるよ」
驚いた。
この人、そんなにはっきり感情を見せる人だったかな。
ううん、そんなことどうでもいい。
行くんだ。
恋って言うのは、どんなものだろう。
あんなに胸が苦しくなるのも、こんなに胸がいっぱいになるのも
全部恋のせい?
人攫いに一言謝って
力の抜けたその人の腕を首元から遠ざけた。
反射的にか掴まれた髪。
一瞬怯んだけれど、もうそんなのもやめよう。
私が掴んだ人攫いの手首を振り上げた。
バサリ、そんな音がして、髪が、切れた。
あーあ、もう、ほんとに、価値なんてなくなっちゃった。
落ちた髪は、どこか生気を失って。
持ち主だった私は、愛する人に向かって走った。
「髪、切るこたなかったろ」
つまずいて転びかけた私を抱きとめてそういう土方さん。
「早く、ここにきたくて。
それに、あなたのタイプに少しでもちかづけたでしょ?」
「・・・帰れねぇぞ」
「私あそこにいたら、自害しちゃう」
「俺ァお前が思ってるほどいい男じゃねぇぞ」
「私、あなたほどいいひと見たことない」
「・・・人を、たくさん殺してきた」
「私はいま神を殺しましたよ?」
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作者名:あい | 作成日時:2021年1月19日 22時