Hokuto-8 ページ36
ついに明日で退社となってしまった今日。
さっき上司におめでたい退職だしと、今夜みんなで飲みに行こうと誘われた。気持ちはありがたい。けど、面倒くさい。
だから、急だし、家の片付けもまだ終わってないんですみたいな適当な理由をつけて断っておいた。みんなからの飲みの誘いも、こうやって断ればよかったんだと今さら気づいた。
そもそも当日の昼過ぎに誘うってどういうことなの？とは思ったけど、当日に誘ってもらえたおかげで行かなくて済んでるから、何も言わない。
店予約しちゃったよー、じゃあ普通に飲みに行きましょーよーとか言ってるのが聞こえてきて、結局みんな飲みたいだけじゃんとか思ってしまったのは秘密だけど。
どうしよう、ここからいなくなる前に、一度でいいから松村くんと行きたい。今日こそ誘おう、誘ってみよう。そう思ったときだった。
｢先輩｣
待ち望んでいた声だから、すぐに分かった。少し低いのに聞きやすい、心地いい松村くんの声。
[どうしたの？]
喜ぶ気持ちを抑えて、必死に平静を装って答えた。
｢お家のお片付け、大変なんですか？｣
[え？なんで？もう大体終わってるけど...]
変なこと聞くなぁとか思ってたら、
｢いや、さっき家の片付けがあるから今日来れないって...｣
とこぼした松村くん。
[あぁ。]
確かに、そんなこと言ったな。
[ううん、大丈夫だよ。ここだけの話だけど、面倒だから適当言って断っちゃった]
すると松村くんは｢そうなんですね｣と笑って、
｢じゃあ、僕が、明日、先輩と飲みたいって言ったら先輩は来てくれますか？｣
と言った。
そんなの、断れるわけがない。
[もちろん行くよ。なんなら、私も松村くんと飲みに行きたいと思ってた(笑)]
｢ほんとですか？｣
[ほんとだよ。今から誘おうと思ってたし。]
｢なら嬉しいです。ものすごく。｣
そう言った松村くんは、会社にいるときは見たこともないようなわんこのような笑顔で笑った。
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作者名：夕霧に向日葵 | 作成日時：2021年9月25日 15時
