色恋戦線 2nd【ars K.N】 (ページ5)

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立ち止まるつもりなんか無かったのに、勝手に足が止まった。

「先生、待って下さい！」

振り向いたら終わりだな...と思ってたオレの前に回り込んだキミは、まるで通せんぼするように立ちはだかった。

肩で息をして、鼻を真っ赤にして、目を潤ませて。

「ビックリするじゃん。どした？」

出来るだけ、いつも通りに。
言葉に感情を乗せないように。

「ハァ...ハァ...何で...？」
「ンフフ、落ち着けよ」
「ハァ...何で何も言わずに...帰っちゃうんですか...？」
「あー...お前の姿見えなかったから、もう帰ったのかなと思って」

我ながら、ちょっと苦しい言い訳かなと思った。
案の定キミは、唇をギュウ...と噛んでオレを睨みつける。

「...声、...掛けて欲しかったです...」

絞り出すような声。

「帰る時にはいつだって、ちゃんと挨拶してたじゃないですか...」

キミが、どうしてどうして...と叫んでるような、悲しそうな顔をした。

「そんな約束、した？」

キミにこんな顔をさせてしまってるのは自分なんだなぁ...とボンヤリ思う。
上げた口角の端が、すぐに下がろうとするのをどうにか持ち上げる。

「挨拶しなきゃ帰っちゃ駄目なんて、いつ決めたっけ？義務だったの？」

自分でも驚く程、冷たい言葉が出て

あぁそうか、オレは今必死に嫌われようとしてんだな...と気付いた。

「あ。加藤くんの小説、凄く良かったよ。誤字脱字もほぼゼロだし」
「......」
「主人公が想いを寄せてる子の描写が秀逸だった」

キミを、あんなにも大切に真っ直ぐ描ける人がすぐ近くに居るんだ。

「お前も読ませて貰いなさい」
「......先生、どうして...」
「秘事は睫毛」
「...え」
「灯台下暗し」

その事に、気付いて欲しい。

「お前はもっと、周りを見なきゃいけない」
「......」
「オレは、忘れてたよ」
「......何、を...」

キミは本当に賢いね。

次に何を言われるのか、もう予想が出来てる表情だ。

「オレは、教師だった」

泣いてしまうのかなと思ってたけど、キミはオレから視線を外さない。

「...違うっ！もう先生は...！」
「教師だよ」
「...ちがっ...」

『教師だった』なんて

本当は都合の良い言い訳なんだって、賢いキミでもきっと気付かない。

職業なんか関係無い。
そもそも、キミはもう生徒でも無い。

ただただ、キミの未来をオレが変えてしまう事が怖くなったんだ。

ちょっと笑えるよね。

「バイバイ」

この声がキミに届いたかは、分からない。