色恋戦線【ars K.N】 (ページ36)

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ある夜、ベッドに転がりスマホをタップして耳に当てる。

8コール目で、相手が出た。

「出るの遅くね？」
「諦め悪くない？」

普通5回コールして出なかったら切るよね、とか言ってる。

「それよりさ、今年の都合は？」
「何が？何の？国語のセンセーなのに主語が無いんだけど」
「大野さんと話してんだから、お前の都合に決まってんだろ。理解力ねぇなぁ」
「分かってて嫌味言ったんだけど、分かんなかった？理解力無いなぁ」

電話の向こう側に居る人。
少し前まで一緒の学校で働いてた数学教師の大野さんとは、働いてる内に同僚ってよりも、連れって感じになってた。
年齢が近いってのもあったし、多分タイプは違うんだろうけど(そもそも文系と理系)妙に気が合う。

そんな大野さんは、家業を継ぐ為に学校を辞めた。
今は、料亭の若旦那だ。

「後夜祭の日、大野さん空いてるよね？」
「えー？」
「暇でしょ、どうせ」
「決めつけないで！」
「暇じゃないの？」
「暇だけど」

あぁ、面倒臭い。
大野さんがオンナだったら、絶対好きになんないわ。

「じゃ、今年も出るよね？」
「ふふっ、すだち再始動？」
「再始動も何も、年一回しか活動しないじゃん」

『すだち』とゆーのは、オレと大野さんのコンビ名。
ユニットとか格好良い事言うのは恥ずかしいから、コンビで良い。

でも漫才をやる訳じゃない。
歌う。
オレがギターで、大野さんがメインボーカル。

「ねぇ、だったら新曲作ってよ」
「はぁ？すげぇ簡単に言うけどなぁ...」
「新曲なんて出したら、きっとみんな喜ぶよ！」

この場合の『みんな』は、生徒達だ。
オレ達が歌って聴かせる相手は、生徒達だけ。

大野さんは、オレなんかよりずっとずっと生徒思いで教師らしい教師だった。

「んー...じゃあ、考えとく」
「早めにお願いね？」
「は？何でよ」
「おれ、歌う為に覚えなきゃいけないんだから。早くねぇ」

柔らかい喋り方で、なかなかのドSっぷり。

微かに大野さんが呼ばれてる声がスマホから聞こえる。
『若旦那さーん』って。

「ごめん、仕事中なのね」
「だからすぐに出られなかったの」
「わりわり、戻ってよ」
「うん、またね」
「うん」

通話を切ったスマホを、ポイッとベッドに投げる。

「新曲ねぇ...」

考えてなかった事も無い。
なんならメロディラインは、もう浮かんでいた。

「～♪」

鼻唄でメロディを確かめる。

目を閉じて、それに乗せる歌詞を思い浮かべる。