其の弐 ページ38
扇子を光に翳してまじまじと見ていると、照星さんは「違う」と言う。
「それではない。新しいものを買ってやる」
「新しく買うのは勿体無いです！団子をご馳走になったので私はもう満足ですよ」
「団子のみでは私の気が済まん。さほど遠くない隣町に扇子屋があったから行くぞ。馬ならすぐだ」
「えっ、ああ、はい！」
照星さんは何を思ったか、私に扇子を贈って下さるとのこと。遊んでいたから壊されると危惧したのかも。
でもまさか敵だと思っている人に贈り物などしないだろう。照星さんにちゃんと仲間だと認めてもらえた証のようで嬉しかった。
「……、降って来たな」
しかし不運なことに、町から町への移動途中で雨が降ってきてしまったのだ。
そう言えば私は不運大魔王の伊作君に「僕より不運」と言わせたんだった。ひどい言霊になりそうで思ってても言って欲しくなかったんだけど。
あっという間に雨足は強くなり、雨粒が顔に激しく打ちつける。雨宿りのため、私達は道端の木の下で馬を停めた。
「来なさい」
(……ヒェッ！？)
照星さんは着ていた灰色の小袖の裾を袴から引っぱり出すと、そのまま脱いでしまった。
そして私の背を木の幹まで追いやり、雨から守るようにして二人の頭上に被せた。
至近距離で対面しているので私のすぐ目の前に照星さんの鎖骨があり、思わず肩を竦めて視線を伏せた。
「…照星さん？」
「何だ」
すぐ近くからあの低い声が発せられている。
「近過ぎやしませんかね…？」
「暫し我慢しなさい。雨に打たれたいのか？」
「や、もう結構濡れてしまいましたけど…」
「嫌ならば離れるが」
「嫌という訳では…」
そこで会話は途切れた。
雨は当たらなくなったが、時折、照星さんから滴った生温かい水滴が頭に落ちて来て、うなじを伝って首筋を濡らす。それが何とも擽ったい。
すぐ近くに呼吸のたびに上下する大胸筋。こんなにまじまじと見たことはなかったけれど、逞しい体つきをしていらっしゃる。
「止んだか」
しばらくして雨が止み、照星さんが離れて久しぶりに私の顔の前に風が通った。私の鼻を掠める匂いは硝煙から雨の匂いに変わった。
「激しい
そう言ってすっかり濡れてしまった頭巾を外した。
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作者名：玉虫厨子 | 作成日時：2023年10月11日 16時
