雑渡昆奈門現るの段 ページ1
清八さんは必死になって私との縁談を断るよう話をしてきた。
別に清八さんに特別な感情を抱いてはいないし、未来人として迷惑を掛けそうだから元々縁談を受けるつもりではなかったけれど、そこまで露骨に拒絶されるとさすがに私も傷付くなぁ、なんて。
でも、ひょっとすると皆さんが知らないだけで、実は恋仲の女の人がいたりするのかもしれない。それならどうかその人と幸せになって欲しい。
皆さんの期待が大きくならないうちにお断りしよう。まだ見ぬ清八さんのお相手の為にも。
「親方」
「A…!先程は大勢の前であんな話をして申し訳ない。配慮に欠けていた。この通りだ!」
親方は私に深々と頭を下げた。こちらこそ今から申し訳ない話をするのだからやめて欲しい。
「やめて下さい!私こそ、真剣に考えて下さってたのにあの場から逃げるような真似…。本当に申し訳ありません」
「いいんだ、俺が悪いんだから!」
親方の瞳に不安げな私の顔が映る。親方の眉が下がった。私の言わんとすることを察したようだ。
「縁談の件、謹んでお断り申し上げます」
「……そうか。うん。残念だが、仕方ないな」
「でも嬉しかったです、本当に。出会ったばかりの何処の馬の骨かもわからない私を親方の娘にと言って下さったこと…。なのにこんな不義理、お許し下さい…」
自然と涙が溢れた。この涙は一体何の涙なのだろう?申し訳なさから?親方の娘になれなくて残念?人の期待を裏切るのが怖い?よく分からないけれど、胸が痛い。息が詰まるようだ。
「ああ、泣かんでくれ!俺は構わないから!な?
泣かしたと知られたらまた清八に怒られてしまう…」
親方が私を泣き止ませようと焦っている。私も止めたいのにとめどなく溢れる。これ以上親方を困らせたくないのに、そう思えば思うほど泣けてくる。
「ああ、俺はAさんをこんなに苦しめてしまって…本当に馬鹿な奴だなぁ…」
「親方…私はもう、加藤村にはいられません…」
「何言ってんだ、縁談断ったくらいで人の価値は何も変わらねえよ。それに村のために働いてくれてるじゃねえか。団蔵の指導もしてくれてる。縁談なんか関係なく、
今は、かえって親方の優しさがつらい。
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年10月11日 16時