其の参(利吉視点) ページ42
息を切らして、私を見上げる。
少し乱れた髪が一房、顔に垂れたので耳に掛けてやると、その手を取ってそっと下ろした。
「…利平さんの職業柄、町では何かに扮した方が良いっていうのは理解できます。だけど視線を集める中でわざわざ肩を抱く必要性を感じませんでした」
「うん、確かにそうですね、やり過ぎました」
「天然人たらしって、そう言う所ですよね。北石さんという方も、弄ばれた一人なんじゃないですかね」
「いやそんな事はない、絶対にない。彼女は時々仕事で組むことがあるってだけだから」
しかしAさんは納得していない様子だ。
「…では正直に言うよ。先程、着物の柄を見ていた私の腕を振り払った時の反応、可愛かったです。もっとそんな顔を見たくて少し苛めてしまいました。
勿論、誰にでもそうしている訳じゃありません。忍務以外でこんな事しませんから」
つまりAさんしかいない、と言いたかったのだが。
「やっぱり!三日間私を探る忍務だったんですね!」
「はぁ!?何ですって?」
「聞いてしまったんですよ!くのたまちゃん達に『極秘忍務で忍術学園に寝泊まりする』って言っていたのを!大方山田先生に依頼されたんじゃないんですか!?」
「あー、くのたまとの会話を聞いてたんですか…。ああでも言わないと私は学園中で彼女達に付き纏われるので嘘をついたんですよ。
忍務以外でしないっていうのは、Aさんにだけって言いたかったんです」
「それじゃ……私を疑っていた訳ではないのですか」
ほろりと一粒、安堵の涙が頬を伝う。それを親指で掬ってやる。
「安心して下さい。私はAさんが忍術学園を謀っているなんて一度も思った事ありませんよ。実はかくかくしかじかで…」
父上、母上とのやり取りを包み隠さず話した。両親がAさんを嫁に欲しいと言っている事を伝えると、とても驚いた様子だ。
「そんな、利吉さんのお母上までもそんな風におっしゃってるなんて…」
「すみません。本当困らせてしまって…」
「私は何も…。そうだ、私がお母上に諦めて頂くようお話に上がりましょうか?」
「いえ、何もそこまではする必要はないかと…」
「しかし、可能性が無いなら早めにお伝えした方がお母上も気揉みせず良いのでは?」
うーん。先日までの私ならそれも検討したかもしれないのだけど、今は縁談の可能性を完全に無くすのは少し惜しいと思っている自分がいる。
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年8月13日 9時