三禁文次郎の段(文次郎視点) ページ38
「ぬわッ!?ど、どうした仙蔵…。顔が怖いぞ!?」
早朝鍛錬を終えて部屋へ戻ると、静かに怒る仙蔵が戸口の真ん前で出迎える。
「護衛当番の日くらい早朝鍛錬を行わずともバチは当たらないぞ…」
「六年長屋の外周を見張りながらの走り込みだ。断じて護衛を怠った訳ではない」
「そういう問題じゃない…」
「ああ…相談もなしに部屋を出たのは悪かったよ。Aと何があった?」
「何か困難な問題を抱えているようだ。悔しいが私相手では一切打ち明けてはくれなかった。それどころか酷く怯えられ、避けられる始末……!!」
てっきり寝相が云々かと思ったが、何やら妙なことになっているようだ。
「どうして避けられているんだ?」
俺をキッと睨みつける。
「そんなの私が聞きたい!!」
「ま、まあ。元気出せよ。朝餉はまだか?伊作が飯を食わんと苛々すると言っていたから取り敢えず食いに行こう!な?」
仙蔵はその甘い顔立ちと立ち居振る舞いにより、いつも女子からの好意を受ける立場にあった。
それがAは物理的距離が近いにも関わらず、靡くこともなく拒絶。仙蔵は異性との関わり合いの中で初めての挫折をしたんじゃないだろうか。
落ち込まれるのは面倒だが、これで少しは仙蔵の隣を歩く俺の気持ちが分かるんじゃないか?
問題はAの方だ。苦しんでいるなら解決に向けて手を貸してやらねばならないが、仙蔵に話せないなら俺にも打ち明けてはくれないかもしれない。
どちらにせよ、まずはAと話さないとな。
「あ…文次郎君、おはよう」
「おお。おはよう」
そう思っている所、偶然にも廊下の角でAと出会した。これ好機とAの懸念についてどう話を持っていこうかと考えていると、Aが信じられない行動に出た。
「おっと」
何の前触れもなく仙蔵を抱き締めたのだ。
「心配かけてごめんね仙蔵!私もう大丈夫だから!」
「…そうか、何があったかは無理には聞かん。一先ずお前がいつもの調子に戻ったのなら良かった」
腕ごと抱き締められていた仙蔵はそっとAを引き離し、慈しむように頭など撫でているではないか…!?
「お…お前達!何しているッ!?公衆の面前だぞ!!」
「フッ。文次郎よ、そんなに悔しがるならこんな日くらい早朝鍛錬になど行かず護衛当番を全うすれば良かったろう」
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年8月13日 9時