六年い組の夜間護衛の段(文次郎視点) ページ29
今日も夜がやって来た。
利吉さんの仮部屋に置いてあったAの布団は俺が運んで、仙蔵の布団と壁の間に敷いてやった。
「おや文次郎、Aの布団は真ん中でなくて良いのか?」
仙蔵が
「別に真ん中である必要はないだろう」
「さすが三禁に忠実な男だ」
そうではない。利吉さんに言われたのだ。
「潮江君はAさんと離れて寝た方がいい」
と。何でもAの寝相が悪く、俺の寝不足が悪化すると言う。また、「君には耐えられない」とも。
かつてAは腕立て伏せをする俺の上に寝そべって爆睡していたこともあるほどだし、むしろ寝相は良いのではないかと思うのだが。
踵落としでもかましてくるなら寧ろ夜中でも不意打ちの攻撃を回避する鍛錬ができて好都合なのだが、ここは利吉さんの忠告通り、間に仙蔵を挟んでおく事にする。
(しかし俺で耐えられんものを仙蔵が耐えうるとは思えんが…。利吉さんには俺がどんな風に見えているのだろうか?)
「仙蔵、文次郎君」
「おお、来たか」
「ごめんね、お邪魔します」
少し緊張した面持ちのAが、湿った髪を下ろして寝巻き一枚でやって来た。思わず瞑目して目頭を押さえた。
「…どうしたの、文次郎君?」
「年頃の女が寝巻き一枚で男の部屋に来るなバカタレ!」
「ええ?でも結局は寝巻で一緒に寝るんだし…」
「いっ、言い方気を付けんか!!」
ふと昨晩、曲者に襲われた時のAの姿を思い出す。好き勝手されて半泣きになるA。あの姿を見たのが俺と仙蔵と利吉さんだけで良かったと心底思う。あれを留三郎やらが見ていたら、またあの大量の鼻血を噴出していたことだろう。
「わっ、文次郎君、鼻血!」
「は?…俺が鼻血だとお!?」
「ったく、バカタレはどっちだ。三禁に煩い奴ほど女遁に引っ掛かる説あるぞ」
仙蔵が呆れ顔で塵紙を投げて寄越す。
どうして鼻血なんか…。まさか思い出して興奮した?俺が!?こんなの留三郎の事言えないじゃないか。金輪際昨晩の事は思い出さないようにしよう。
「くそ…俺はもう寝るぞ!」
「珍しい!こんな時間から寝るなんて何年振りだ?」
「おやすみ文次郎君。隈なくなるといいね!」
忘却、忘却、忘却、忘却、…
そう思えば思うほど、頭の中にこびりついて離れない。
これが後ほど俺を激しく悩ませる事になるとは、この時はまだ思いもよらなかった。
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年8月13日 9時