其の肆(喜八郎視点) ページ24
「それじゃ留三郎、お前も頑張ってね」
「ああ、気をつけてな」
用具倉庫の戸を開け、振り返って食満先輩に声を掛ける善法寺伊作先輩の姿を見た瞬間、僕は勝利を確信した。
「うわああッ!?」
先輩は綺麗に落とし穴に落ちて下さった。それはもう見事としか言いようがない落ちっぷりだ。
「痛てて…」
「伊作君、大丈夫!?」
「だぁいせいこーう」
「あ、綾部!…ってああ!?僕の風船が割れてる!?」
「穴に落ちた時に割れたんですねえ。という事は僕が先輩を倒した事になりますか?」
「…そういう事になるね」
「じゃ、Aさんは頂いていきますね〜」
「待て。穴に僕じゃなくAちゃんが落ちていたらどうするんだ」
鋭い眼光で僕を睨みつける善法寺先輩。これほど怖い先輩は久しぶりに見た。
「そうならないよう、至近距離で見守っていました。もとよりAさんは二度と落とす気ありませんからご安心下さい」
「お前に不運が起きないとも限らないだろう。金輪際学園内に穴は掘らないでくれないかい」
「善処しまぁす。さ、行きましょう」
そう言い残して、Aさんの腕を取って歩き始めるが、Aさんはその場を動こうとしない。
「ちょっと待って、伊作君を引き上げなきゃ」
「止めろ!君は穴には近づくな!!」
伊作先輩が注意すると、Aさんはびくりと身体を震わせて後退りした。
「ごめん、驚かせちゃったね。これくらいの深さなら一人でも登れるから大丈夫だから…」
「そうですよAさん、中に食満先輩達もいらっしゃるので大丈夫です」
そう言って腕を引いた瞬間、僕の頭上で破裂音が響いた。
「あれ程念を押したのに、学園内に穴を掘ったな…?許さんぞ綾部喜八郎…!」
鬼の形相の七松先輩が音もなく背後に降り立って、苦無で割ったようだ。声もいつもより低く、人懐っこい少年のような彼はどこにもいない。
あの日からこの人はAさんに危険が及びそうな事はしなくなったし、僕が穴を掘ろうとすると追いかけ回すようになっていた。
そもそも七松先輩が原因でAさんが姿を消して、僕が穴を掘っていたお陰でAさんは戻って来れたのに、それについては感謝の一つもないのにさぁ。
「なぁんだ、もう割れちゃった…。すみません、僕本部に報告に行かなきゃなんで失礼しまーす」
「話をはぐらかすな!どんな理由があろうともAの近くに穴を掘るなど言語道断!」
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年8月13日 9時