よろこびに咲く花

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*


「……藤ヶ谷？」


だんだん弱まってくる雨を見るともなしに見ていたら、北山が入ってきた。ドアを開けて俺を認めると、驚いたように名前を呼ぶ。


「お疲れ」

「お前も呼ばれてたんだ？」

「あぁ」


ふーん？ と首の後ろを触りながら俺の隣の椅子に座った。その表情が釈然としなさそうで、なに？ と訊くと「俺ひとりだと思ってた」とぽつり。

その言葉に、さっきまでのマネージャーとの話を聞かれてたんじゃないかと勘違いしそうになる。


「なんで？」

「ん… いや、」


なんとなく、とつぶやく その横顔に長めの髪が影を作る。明るい髪の隙間から見え隠れする表情からは感情を読み取れなくて、それがなんだかもどかしく感じた。



「そういえば、下でマネージャーに会ったよ」


“マネージャー” という単語に頬の筋肉がピクリと動く。

北山はぼんやりと目線を伏せたままだから気付かれてはいないだろう。でも、慎重に気持ちを整えた。


「へぇ」

「事務所との契約、来週には書類が全部揃うって言ってた」

「……そっ か」

北山のその言葉に、身体の強張りが解けていく。



そっか、それが最終結論か……。
ほんのついさっき、俺の正面に座っていたマネージャーの言葉を思い出す。



＊


―― あなたの気持ちはわかったわ。あとはこちらで最終的に決めます。

―― ッ、最終的にって……！



―― 藤ヶ谷、



激しさの欠片もない、静かな瞳だった。

その瞳に見つめられ、それ以上なにも言えなくなってしまう。出かかった言葉と飲み込んだ気持ちが苦しくて、ぎりっと拳を握りしめた。



コンッと軽く机を叩く音。

その軽やかに響いた音につられるように顔を上げた俺を待っていたのは、目の前の人がこの部屋に入ってきた時と同じく、ふわりと和らいだ微笑み。



―― 前を見なさい、藤ヶ谷。



なに？
下を向くなっていうこと？

……何があっても？


それが、最終判断だというのか？



まるで最後通告を受けた罪人の気分だ。


ずっと、デビューを目指していた。
やっと、スタートラインに立てるのに。
そこにあいつがいない可能性があるなんて。

……そんなこと、考えたこともなかった。

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