雨に沈む傘【オリジナル小説】 (ページ3)

今日:3 hit、昨日:0 hit、合計:2,477 hit

二話ページ3

信号を待つ伶香の目の前を抜けていく車たちが、水の音を巻き込んだ。びしゃびしゃといちいち大げさな音を立てて、水をかけるぞと言わんばかりに主張している。

　たまに大きな水溜まりを踏み散らかして歩道に津波をひっかけてくる車がいるので、伶香はこれでもかというほど歩道の内側に入った。
　ここまで下がれば派手な水しぶきも届かないだろう。

　伶香が待っているものとは違う方向へ向かう信号が、霧がかった景色にぼんやりとした青色を点滅させた。人の流れが止まって、右折する車が続々と進んでいく。伶香の後ろに、人が立った。

　雨足は垂直なのにも関わらず、その人物は伶香から顔を隠すように傘を向けている。

　助けようとは思わないが、びしょ濡れの女子高生が視界に入ると罪悪感が頭をもたげるので、見ないようにしている。あるいは、気づかないふりをしているといったところだろうか。

　信号が青に変わった。どうして信号の青はこうも目に痛いのだろうか。一瞬だけ目を瞑って、伶香は横断歩道に足を踏み出す。
　ばしゃ、と叩くような水音が響いた。

　足早に伶香を追い抜いて行った後ろの革靴が、思い切り水溜まりを蹴ったのだ。雫というよりもはや塊と言っていい水をふくらはぎに叩きつけられる。

「転んでしまえ」

　雨音でかき消されるのをいいことに、普通なら聞こえてしまう声量で悪態をついた。舌打ちもおまけでつけた。

　ひざ下丈の靴下が、水を吸って重くなる。真っ先に雨を受け止める真っ黒な髪も合わせて、よりいっそう濃い黒に変色した。背中に流した髪がべったりと張りつく感じがする。さすがに顔にくっついた前髪は邪魔なので、耳にかけた。

「ちょいとあんた！」

　すぐ近くで張りのいい声が飛んで、伶香は顔を上げる。
　見れば、シャッターが降りた店の軒先で雨宿りをしているおばちゃんが、驚きと心配をないまぜにしたような……まさに、ぎょっとしたと言うのがふさわしい顔で彼女を凝視していた。どうやら呼び止められたのは伶香のようだ。

　はい？と返事をして、同じ屋根の下に収まる。おばちゃんが慌ただしく、カバンからタオルを取り出した。

「止むまで待ちなさいよ、びしょ濡れじゃないの」

　いささか乱暴に頭を拭われて、伶香が思わず避ける。どうせすぐ濡れるのだから、申し訳ないが拭いてもらっても意味がない。
　伶香は口を開いた。