シンデレラグレイ (ページ24)

今日:54 hit、昨日:82 hit、合計:103,443 hit

▼ ページ24

「A？」

　名前を呼ばれてハッとする。

「あんまり……口に合わなかった？」

　テーブルの目の前に座る彼が、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。そこで、我に返った。
　いつの間にかお店に到着して案内された席に着けば、予約されていたコース料理がゆっくりと順番に運ばれてくる。彼が話すのを頷きながら聞いて、時々クスクス笑ったりして。だんだん彼の表情も明るくなっていって、それに私もホッとして。そんな、波風の立たない時間をゆるゆると過ごしていたらいつの間にかデザートが目の前に運ばれていて、添えられていたバニラアイスの縁が、少しだらけているのが見えた。

「ううん、美味しかったよ」

　やだ溶けそう、と誤魔化すように笑ってデザートを口に運ぶ。

「ん、美味しい」
「そう？A、甘いの好きだもんな」

　へへ、と笑う彼にニコリと笑って返す。
　そうだね、貴方より甘いものの方が好きかな。

　お店を出ると、すっかり濃い色が空を覆っていた。

「……この後、どうする？」

　今度は何も言わずに私の手を握った彼が、私を見つめて言った。何を期待されているのだろう？そう思ってから、まあソレかとすぐに納得した。

「……どうしよっか」

　胸元のネックレスに指先で触れながら何となくはぐらかすようなことを言えば、クスッと笑った彼が私の手を引き寄せた。そのまま、ドンと胸の中に閉じ込められて抱き締められる。懐かしさすら感じるその感触に、ああこんなだったなぁってその熱を思い出した。
　引き戻されないように、その胸を押し返すべきなのかもしれない。それでも私は、一つの恋を忘れるために、他の誰かを利用しようとしている。
　覚えてる、この隙間。このままゆっくり流れる時間は無音のまま、私達の距離をゼロにしてしまうんだ。
　まあいいか、なんて目の前にぶら下げられた温もりにすがろうとした次の瞬間、それがひょいと取り上げられた。触れる、と思った温度は私の上には落ちてこなくて、代わりに降ってきたのは、

「待って、何やってんの」

という、冷たい温度の言葉。けれど私は、その言葉の奥に、あるはずの無い暖かさを探してしまった。反射的、というよりそれは、本能的と言った方が自分に対して正直だと思った。