つまらない女。【日々樹渉】

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嫌だと思った。
あの日々樹渉が、よりによって後輩に対して｢そんな顔｣をするのだから。私にはしてくれないのに？
悔しかった。私の演技は見向きもしなかったのに、その後輩には評価している事が。

見に行くつもりはさらさらなかった。むしろ、それを考えると家に閉じこもっていたくなる。でも気がつけばチケットを手にアイドル科の受付を通っていたのだから、いよいよ笑うしかない。

パンフレットを手にスカートをなびかせて歩く。
今回の演目名は｢灰被り｣。演劇では定番中の定番だ。以前、設定を変えて公演していたという灰被りが大盛況だったため、今回は原作通りにもう一度公演というらしい。

灰被りなんて目が腐るほど見てきたし、演劇に詳しくない人だって知ってる人の方がほとんどだろう。だからこそ、失敗した際にそれが浮き出てよく目立つ。
きっと灰被りは彼、日々樹渉だろうし、その主役の中の一人｢王子｣を後輩は演じるのだろう。天才的な彼のその可愛いかわいい｢後輩｣が、もし彼に到底釣り合わない演技だったらどうしてくれようか。

席に座ってパンフレットを流し読みする。キャスティングは大方予想通りだった。内容もどうせ薄っぺらの、アイドルのお遊び程度なのだろう。目に毒だ。


彼から見てつまらないと称する女が、まさかプロだという事を知らないのか？


演技開始のブザーが鳴り響く。
この音は好きだ。好き勝手に騒いでいた人間が静かになる。視線が私だけに向けられる。惜しみない声援。それこそが私の全てのモチベーションの理由。

灰被りならセリフを全て頭に入れてあるし、たどたどしい場面があるようなら即刻帰るつもりだ。私も、暇ではない。


舞台カーテンの幕が上がる。そして、忌まわしき彼の姿。彼はゆっくりと目を開いて、客席を一瞥する。その所作の、なんと美しい事だろう。
自分でも鼓動が段々荒くなっていくのが分かる。あの陽気な彼が、憎たらしい彼が、日々樹渉と同一人物と思っていたのは、もしや私の勘違いだったんだろうか。

やはり別格だ。彼は本物だ。

顔の造形もやはり美しいが、それに加えて美しい声から生み出される無機な言葉さえも美しく思えてしまう。


やはり私と彼は同じなのだ。演技をするための体。私だけを見よとでも言わんばかりの自信______



ふと、彼と目線が交差したような気がした。

その時交差した瞳は、不適で、楽しいとでも言いたげで。



私は1度でも、あんな目をしたことがあっただろうか。



つまらない演技。つまらない女。



あの日の映像が、頭を何度も巡りめぐるように再生された。

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