1.名誉 ページ2
目を閉じる度に、鮮明に思い出せる。
あの深紅の幕の向こう側に見える景色。賞賛の声。喜びの拍手。感動の涙。その全てを独り占めする気分。
私が泣けば、喜びで舞えば、何もかもを手に入れたように恍惚と顔を緩ませる客。なんともまあ、愉快なものである。
演劇とは。そう聞かれれば、私は迷わずに答えるだろう。それは全てだと。
歌も、踊りも、勉強も、運動も、愛嬌も。何をさせてもあまりに普通だった私にはそれは大きくて、薬のように1度経験してしまえば抜け出せなかった。
兄たちの方に期待を寄せていた母も、私を見捨てていた父も、祖母も祖父も友達もみんなみんな、私を『凄い』と賞賛してくれる。
滑稽だった。今まで私に指を指した物が、それを見るだけでその手で目一杯拍手の嵐を送るのだ。私に見向きもしなかった奴らが、私を崇めるのだ。
みんなに求められる幸せ。それだけが欲しくて、それ以上の幸せと名誉を手に入れている遠い君が羨ましくて、君の上に立ちたくて。
走って走って走りまくって、初めて君と同じ舞台にたった時に言われた言葉が、今でも私の言葉をえぐり返す。
君に刺された古傷は目には見えないけど、私には重く鈍く刺されたナイフが今も残ったままだ。
『随分とつまらない演技をするんですね、貴方』
忘れもしない。10歳の誕生日のあの日、狂わされたあの日。
今思えばオーディションを勝ち抜いた後の顔合わせから、他の役者と軽快に会話を広げてもこちらには目線すら配った記憶すら無い。
今思い返すだけでも気持ちが悪くなる。腹部がじんわりと鈍い痛みを覚える度に、あの空色の髪がちらつく気がする。それくらい、私にとってあの日の記憶は重い手枷になっている。
舞台幕でまた腹部にずしりと痛みを覚えるが、極めて何事もないように立ち続ける。この私が、腹痛でしゃがみ込むなんて、ありはしないのだ。
せわしなく劇ラストのフィナーレ曲が流れる。
最初に出て挨拶するのはバックダンサー。そのあとは脇役に、主人公のおば、生意気な小娘、親友。
主役は、最後に一人で礼をするのだ。主役である、私が。
鳥のように羽ばたくような軽いステップで、舞台幕から中心へ。ゆっくりと回転すると衣装のフリルが段階を踏んで次々にひらめくいて、赤のピンヒールがカツンと反響する。そしてそうして、私が一礼をして目を開けば、たちまち鳴り止まんばかりの拍手と感嘆の声。
舞台を終えた高揚感と、それから、今向けられているこの眼差しは全て私へのものという幸福感。
そう、それがあればいいのだ。例え、一人につまらないと言われても。
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そると(プロフ) - すごく面白かったです。更新されることがあったら楽しみに読ませて頂きます！待ってます (2020年4月28日 19時) (
レス) id: 663d9c3cae (このIDを非表示/違反報告)
チョコトースト(プロフ) - ちよりさん» 作品自体楽しく読ませて頂いていたのでとても嬉しいです…返信と対応ありがとうございます!これからもちより先生の日々樹渉を楽しみに待ってます!長々と失礼しました… (2020年1月27日 23時) (レス) id: 9ac9e5b2c4 (このIDを非表示/違反報告)
ちより(プロフ) - チョコトーストさん» 念の為日々樹渉の言葉を全て違う言い回しにしてきました汗 不快にさせてしまったようなら申し訳ないです...！もしまだ何かございましたら詳しくは私のTwitterのDMに書かれても大丈夫です汗 (2020年1月25日 23時) (レス) id: 5d8f01d30c (このIDを非表示/違反報告)
ちより(プロフ) - 64さん» ありがとうございます〜！頑張ります！ (2020年1月25日 23時) (レス) id: 5d8f01d30c (このIDを非表示/違反報告)
チョコトースト(プロフ) - 面白かったです。ですがこれと似た台詞が使われている日々樹渉2次創作漫画を読んだことがあります。小説自体は凄く好みだっただけにもやもやしております。よろしければその漫画の存在をご承知かどうかだけでもお教え下さい。 (2020年1月22日 17時) (レス) id: 9ac9e5b2c4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ちより | 作成日時：2019年11月5日 20時
