四ノ三 ページ20
「フロイド殿、お離しいただけないだろうか。アズール殿がお待ちしている」
「あ〜今日の主ってアズール? んなの良いじゃん、すっぽかしてオレと遊ぼ〜」
ねぇ、と某の結った黒髪を一束揺らして手遊ぶフロイド殿。
約束を蹴ってとおっしゃるが時間は厳守せねばならぬもの。契約違反をしては信用に関わる、由々しき問題である。
「御免」
どうしても主の元へ参らねばならぬ。
某はぎゅっと強く熱い包容から縄抜け技術を応用してするりと逃れ、あの陸一年目の追尾より走りに磨きがかかったフロイド殿から煙幕を張ることでなんとか逃げ仰せた。
彼とは全く稀有な出逢いであった。
追っ手を振り切り布口面の下で口を緩めたところで、ああ、あの御仁もなかなかに変わった出逢いだったと思い出す。
あれは確か一年前、繁忙期の食堂で「料理上手な君にヘルプを頼みたいんだ」とのゴースト殿のバイトの依頼を受けた時のこと。
おっしゃる通りその日の昼食時は人が多く、飯を作っては大机に配膳、また作っては配膳、使い終えた器を洗っては水気を拭き、と大変忙しかった覚えがある。
某がこちらの世界に来てすぐは、慣れぬ調理場の様式に手間取ったこともあったが経過一年ともなれば能率的に働けるものである。
某の世界で一般的だった料理の数々を振る舞いながら、この地の料理も学ぶようになり、この時はミクリで主食として愛されていた米を使ったリゾットなるものを試作していた。
料理長のゴースト殿から太鼓判をいただき、料理の並ぶ中央の机へ運びに参ったところ、
「っ、すんっ……ぐすっ……」
近くから啜り泣く声が聞こえた。否、雑然と音の入り交じる大食堂の中では遠い距離にあった音であるが、隠密行動で培った某の耳はその声を拾い上げた。
よもや事件か、と思った某は音の正体を探す。
「ど、どうしたシルバー?」
「この世に、っ、こんなに美味しい飯があるとは……」
「なに、いつもわしの美味い飯を食べていたではないか。まあ確かに今日の料理はサギリも手伝っているとのことじゃし、美味いのは間違いないがの」
「親父殿……ぐすっ……」
あれは。リリア殿と、新入生の生徒であろう。
「リリア殿。如何なさった」
「おおサギリ! こやつがの、ああシルバーというのじゃが、こんなに美味い飯は初めてじゃと抜かしおる」
「なんと……」
料理が美味しすぎてお泣きになるとは、悲しき事案かと思えたが何とも素晴らしい感受性である。
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IDee(プロフ) - 五月雨さん» コメントありがとうございます! 最近は更新を滞らせていたのですが、大変励みになりました。時間を見つけ次第更新していきたいと思います〜! (5月24日 21時) (レス) id: af1699faf6 (このIDを非表示/違反報告)
五月雨 - 面白い!!更新楽しみにしてます!! (5月24日 19時) (レス) @page24 id: 301607acc2 (このIDを非表示/違反報告)
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