第95話 神の傍観�� ページ3
「こいつは、自分で探し出さなきゃいけない。
己の母親が築き上げたものを。帰るはずだった場所を。
そして…己の目で見て、すべてを知って、現実の非道さを飲み下さなきゃならない。
きっと…自分の力で時間をかけてみつけなければ、あまりの非現実的なこの世の不条理を受け止めきれずに、こいつは一人潰れてしまうだろう。
…それだけは、嫌なんだよ」
少しだけ苦しそうな寝息を漏らすAの頬を撫でる椿の手を、三日月は払い落とすことができなかった。
椿は、理解しているのだ。
人間の脆さを、この世の不条理がまとう鋭い殺意を。
視線をAに落とすと、三日月はその今にも折れそうなほど細い首にこびりついた、赤黒い血の跡を見つめて唇を噛み締める。
そんな彼を見て、途端に嬉しそうに緩く笑った椿は、膝に手をついて立ち上がった。
「だから、これは賭けだった」
「…賭け？」
立ち上がった椿の背後では、高く昇り始めた朝日が輝いている。
その逆光で暗く影の落ちた椿の表情は、しかしそれでも明朗な温かさを帯びていた。
「そう。弟子をこの本丸に送ったのは、賭けだったんだよ。
こいつと共に、あまりにも残酷な真実を受け止めてくれるものが、現れるかどうかってな」
「…！」
くるりと三日月に背を向けると、椿は呆然と立ち尽くしていた男士たちに目を向けた。
一振り一振りと目を合わせた椿は、どことなくAに似た挑戦的な笑みを浮かべる。
それが、彼らの師弟関係を強く証明していた。
「その賭けは成功だった。
あなたたちなら、こいつと共に、この惨く苛酷で残忍な真実を受け止められる──そうだろう？」
両腕を広げて演説するような迫力に、誰もが息を呑む。
そんな中、一番に口を開いたのは、山姥切国広だった。
「…そいつが、母親を遡行軍に奪われたと言うのなら。
審神者を奪われた俺たちと…同じだ」
かちん、と突き付けていた刀を納めた国広は、理性的な眼差しで椿を捉えた。
「ならば…同じ奪われたもの同士、その真実とやらを共に迎え撃とう」
強い光を宿した国広の瞳に満足気に頷くと、椿はぱちんと手を打ち鳴らして周囲を見回した。
「いいだろう！よく言ってくれた。異論のあるものは私に言いに来い。
それと…あなたたちの主の捜索についてだが。
それについては、私に任せてもらおう。
これは重要な機密事項なのだが、恐らく──
この失踪事件には、政府が絡んでいるのでな」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月14日 17時
