第106話 ページ14
──この本丸に、江の刀剣男士は村雲江しかいない。
そもそも、この村雲江はこの本丸で顕現した個体ではなく、元は別の本丸に所属していたらしい。
だが、何らかのバグで空間を飛ばされ、気づいたらこの本丸の敷地内で倒れていて、さらには飛ばされる前の記憶も曖昧なんだとか。
刀剣男士には通じて、こういう時の為の個体識別タグが支給されるのだが、そのタグも飛ばされた拍子に失くしてしまい、完全に自分の本丸に帰れなくなったのだ。
それを、この本丸の二代目が拾った。
二代目が亡くなったのは一年前。村雲江がここに現れたのは一年半前。
約半年間この本丸にいたというのに、彼に一度も手を出さなかった二代目は一体何のつもりだったんだろう。
さすがによその本丸の男士だから、まずいと自制したのかな？
いや、そこを自制できる精神力があるなら、この本丸の男士たちにもそれを発揮してほしかったけどね。
…とまぁ、そんな経歴を持つ、少しイレギュラーな存在の村雲江だけど…
そわそわとお湯が沸くのを待ち惚けしている彼の背中に、咀嚼していたナポリタンを飲み込んでから問いかけた。
「ねぇ。君さぁ、もしかして目が見えてない？」
「ッ！」
僕の言葉に勢いよく振り向いた村雲江は、一瞬僕の方を見ると、慌てて顔をそらした。
…やっぱり。こっちを向いたのに、全然目が合わない。
まるで、人見知りをする人が相手の目じゃなくて口を見ているみたいな違和感を再確認して、僕はカブとレタスのサラダに手を伸ばしながら村雲江の返答を待つ。
しかし、そこで口を開いたのは三日月だ。
「どういうことだ？村雲江よ。
目が見えていないなど、本当なのか？」
「う…」
「んむ？…三日月たちは知ってるんじゃなかったの？」
「知らんなぁ。そんな素振りはなかったはずだが…」
しゃきしゃきの瑞々しいサラダを飲み込んでから、首を傾げる三日月に瞬く。
てっきりわかってるんだと思ってたけど…
どういうことだ？と一人考えていると、村雲江はおずおずと再びこちらを向いた。
その目線は、やはり僕を捉えてはいない。
「…なんで、わかったの？」
「うーんと…まず、僕たちが入って来た時、匂いを嗅ぐように鼻をすんすんしてから"げっ"って言ってたのが引っかかったんだ。
普通、目で見れば厄介なヤツが来たことはわかるからね」
「結構根に持ってる…」
悪かったね、根に持つタイプで。
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月14日 17時
