茜の蓬莱蕉 (ページ48)

今日:46 hit、昨日:26 hit、合計:7,382 hit

48. ページ48

「ま、お邪魔なようだから僕はお暇するとしよう」

「え？」

突然来たかと思えば、特に用があるわけでもなく帰るなんて。

「そーね、帰った帰った」

眉間に皺を寄せた清光は、やっとかとでも言いたげに面倒そうな顔をする。

「本当にお帰りになるんですか？要件は…」

「用なら済んだ。ここまでお膳立てしてやって坊主がまだ尻込みしているようなら、後ろから蹴り飛ばしてやろうかと思っていたが」

その視線から逃げるように顔を逸らすと、頭上で小さな笑い声が聞こえた。

「冗談ではないぞ？まぁ、杞憂だったようだがな」

彼は愉快そうに笑うと、一転して真面目な顔をして、さっと扇を開くと、隠した口元ごと私の耳に寄せる。

「僕らはその本質ゆえ、少々執着が強い……あまり焦らしてやるなよ？」

彼はそこまで真剣な声色で話して終わると、「この坊主は殊更な」と笑った。

「っじ、らしてなど…」

動揺して声が裏返ったのを、咳払いをして誤魔化す。

「…はぁ……お見送り致します」

なにか言い返そうにも、何を言っても上手く躱されてしまいそうで、捨て鉢になった私は諦めてそれだけ返す。

彼はそんな私の態度すら面白そうに眺めて、わざとらしく眉を八の字にする。

「坊主がすっかりお前さんに陶酔して腑抜けになった頃に、また冷やかしにでも来るとしよう」

どこまでも面白がっている様子の一文字則宗に、怪訝な顔を隠さずじとりと睨む。

「では暫く会うことはありませんね」

反抗するつもりで言ってみると、その表情が呆れ混じりのものに変わる。

「なんだ、相変わらず自己評価ができんな」

彼はやれやれと肩を竦めてみせると、私の頭に掌を置いた。

しかし、それは清光によって払われる。

「…触んないで」

驚く私を他所に、一文字則宗はふっと小さく笑みを漏らしてから、穏やかに目を細めた。

「こりゃあ、またすぐ会うことになりそうだな」