茜の蓬莱蕉 (ページ45)

今日:43 hit、昨日:26 hit、合計:7,379 hit

45. ページ45

清光の言う通り、あの日のようにただひとこと言えばいい。

そうすれば全て元通りになると、わかっていた。

「……」

このまま、気づけなければよかったのに。

「……清光は、やっぱり優しいね」

彼はやはり、どこまでも優しい。

「清光の、好きにしていいよ」

「！っは……え、？」

彼の背中に腕を回して、抱き締めた。

「な……っに、言って……」

顔を見なくても伝わる動揺が、手の平越しにでも伝わる。

清光は抱き合う形になっていた私を自分から剥がして、じっと私と目を合わせる。

「俺、試されてる？そうじゃないなら、」

「！」

帯に差し込まれていた手が抜け、代わりに片方の帯を引く。

「……今から俺が何しようとしてるか、わからずに言ってる？」

帯が緩むと、反射的にそれを止めようと手が伸びそうになる。

けれどその手をぐっと押さえて、清光と視線を重ねた。

「元に戻ろうとした。清光だって主と臣に戻ろうとしてくれたし、そもそも清光の思いは慕情に近いものだって……思おうとして、言い聞かせようとして、気づかないように……して」

帯は掴んだまま、清光は動こうとはしなかった。

「……逃げ続けてたら、亀甲に言われた。清光のせいにするのかって」

それでも目を背けて、逃げていることにすら気付かないふりをして、でも。

「っ……」

「！？ある……っ」

まだある迷いを振り切るように、飛びつくような不格好さで清光を抱き締めた。

「……やけになってるわけじゃないし、わからずにあんなこと言ったわけでもない」

「それ……って、」

それまで呆然とした様子だった清光が、こくりと喉を鳴らす。

二人の間に沈黙が降りて、私の顔はみるみる赤くなった。

羞恥で顔から火が出そうだ。

「……あ、曖昧で…ごめん。でも、これでも精一杯───」

自分の言葉が途中で途切れたことに驚いて、状況を理解しようと努める。

視界を占めるのは清光で、状況には追いつけない内に伏せられた瞼が持ち上げられた。

息ができないことに気がついたのは、その瞼が再び伏せられ、いつの間にか重なっていた唇がより深く重ねられてからだった。