茜の蓬莱蕉 (ページ33)

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主の姿が見えなくなると、「さて」という声と共に、扇を開く音がした。

「坊主」

その場には自分たちしかいなかったから、その呼び名は自分に向けられているのだとすぐに分かった。

「何」

そちらに目線は向けずに、声だけで短く答える。

「今回の策は功を奏するだろう。あとはお前があの娘に向ける感情だけが問題だけだが…どう片を付けるつもりだ？」

ふざけているような、それでいて真剣なような、読めない声色に問われる。

「……今の見ればわかるでしょ。主は俺を愛してくれてるけど、俺とは意味が違う」

自分で言って、心臓が軋むような感覚に陥る。

「それにもう、一度拒絶されてる」

あのとき、主が審神者殺しが俺だと知って、距離を置かれて。
焦ってた、捨てられるかもって。

だから、受け入れられたのが嬉しくて。

失いたくなくて、離したくなくて

自分だけのものにしてしまいたかった。

冷静じゃなかったって、今ならわかる。

でもこの想いは勘違いでも、あの場限りのものでもない。

だからこそ、もう終わりにしないといけないと思った。結局、政府に気取られてしまったから今回の事態を招いたわけだけど。

「……どんな形だって、主は俺を愛してくれてる。それは変わらないって、もうわかったから」

だから、次に会うときはただの刀剣男士のひとりとして、主に向かえるようにしなくてはならない。

「だからもう…痛っ！」

自分に言い聞かせるようにそう言ったとき、バシッと背中を叩かれる。

「痛った…！はぁ？何すんの！？」

じんじんと痛む背中を押さえながら、そちらに振り向く。

「呆れたぞ、一度袖にされた程度で諦めるとは」

溜息混じりにこちらを見下ろす一文字則宗を、下から睨み付ける。

「……しつこい男は嫌われるぜ、くそじじい」

「うはは、言うじゃあないか」

からからと笑うそいつに舌打ちをして、曲げていた背を正す。

「これ以上望まない。もう主を危険な目に遭わせるわけにはいかない」

きっぱりとそう言い切ると、一文字則宗は小首を傾げて訝しげな表情をする。

「お前さんの目には、娘のあれが親愛に映っているのか？」

「は？どういう意味？」

聞き返すと、答えの代わりに呆れ返ったような大きなため息だけが返ってきた。

「…まぁ、外野が急いても仕方がないな」