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おにぎりの温もり ページ1

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重たい目をゆっくり開けると、付けっぱなしのテレビを見る。正月特番。今年の売れっ子と言われる芸人さんが漫才をしていた。

そのテレビの上にある時計の針は、夜の10時をさしている。




(もうそんな時間か………)




ソファーから体を起こし、キッチンに向かう。

安元さんの作り置きしてくれた晩御飯をチンする。今日の晩御飯は五目おにぎりと、卵焼き。そしてバジル塩の唐揚げ。僕の箸とマグカップを並べ、大きな食卓にひとりつく。

安元さんの暖かくて美味しい料理がいつもより味気ない。……いや、物足りないような、何か忘れているような気がした。



テレビの中の笑い声と自分の咀嚼音しか聞こえないなんて何日ぶりだろうか。ここは、いつも賑やかだったから。



ひとりになると、どうしても考えてしまう。



だめだって。笑えよ。そして支配しろ。
……悟らせるな、立て直せ。自分すら騙すんだろ。
演じきれ、演じきれ、演じきれ……。



そう唱える度に、体のどこかになにかが溜まっていく気がする。それは鉛のように重く、墨汁のように黒々とした、ドロドロする気持ち悪い何か。





慣れてしまった。この幸福な空間に。



慣れてしまった。優しいだけの世界に。



慣れてしまった。僕を受け入れてくれる空気に。



慣れてしまった。僕が一番慣れちゃだめなものだったのに。





おにぎりの上に、雫が落ちた。ひとつ、またひとつ。


ぽたぽた…… ぽたぽた……


なんで泣いているんだろう。なにに泣いているんだろう。


悪いことをしたっていう罪悪感?
それとも先輩がいなくて寂しいから?

違う、違う、違うはずだ。

……ならなんで、僕は泣いているんだろう。



いじめられた時も、裏切られた時も、オーディションに落ちた時も、どんな悔しくて苦しいことがあっても、芝居以外で泣くことは無かった。

泣いちゃダメだって思ったから。5月のあの日から、自分のために泣くのはやめると決めたから。

泣いて困らせたり、泣いて抱きしめられたり。拭ってくれる人が次もいるとは限らないから、もう泣くのはやめた。





………はずだったのに。



ここに来て、僕はとても弱くなった。

いつだってそばに……→



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ななき。(プロフ) - かなとさん» ご指摘ありがとうございます。 (2019年7月19日 20時) (レス) id: 42df20d673 (このIDを非表示/違反報告)
かなと - オリジナルフラグをお外し下さい (2019年7月19日 20時) (レス) id: 54cfb5026c (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:ななき。 | 作成日時:2019年7月19日 20時

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