納棺しないで！【納棺師】 ページ23
「もし、私が死んだら、その時は納棺しないで欲しい」
彼女は突然、そう言った。
「え？」
頭が真っ白になった。
恋人である彼女がもしも死んだら、僕が納棺する。それは必然だと思っていた。
「な、何故ですか。まさか、僕の納棺が嫌？」
そう聞くと、彼女はぶんぶんぶんと手と頭を左右に振る。
「違う違う！イソップ君の納棺はすっごく丁寧だし、納棺された人は本当に安らかに眠っている様に見えるし……。嫌なんて事はないよ！」
僕の納棺技術を褒めちぎった後、彼女は少し俯いて、「唯……」と零した。
「唯？」
「唯、私には勿体ないなって。納棺される本体が見合わないというか……。死後安らかに眠れるだろうって位の素敵な納棺だけど、私、それをされるくらい偉くないし、良い事してないし、可愛くもないし……」
僕には意味が分からない。
どんな人が亡くなろうと、その死には敬意を払うべきだし、それが好きな人なら尚更だ。
それに……。
「Aは、可愛いです」
「へ？」
困惑と恥ずかしさが入り交じった表情のAに、僕はさらに畳み掛ける。
「見た目も性格も、とても可愛らしい人だと思います。それに、十分に良い事してます。今日、エミリー先生のお手伝いしていたのもそうですし、後々……」
Aの顔が段々と真っ赤になっていくのを嬉しく思いながら、次々に思いつく限りのAの長所を挙げていく。
「待った待った！もうやめようか！」
口を抑えて、苺の様に顔を真っ赤にして、片手を広げて待ったのポーズを作るA。
その可愛すぎるお願いを断る訳も無い。
「分かりましたよ」
僕が微笑んで言うと、Aはこくっと頷いた。
「ですが、納棺はします」
「えぇ……」
「当たり前でしょう？好きな人には死後、安らかに眠って欲しいですし」
項垂れるAにトドメを刺すように、僕は彼女を納棺したい一番の理由を口にした。
「それに、嫌なんですよ」
「え？」
「恋人である僕を差し置いて、他の誰かにAが納棺されるなんて！」
大きな声で言うと、ビクッとAの肩が跳ねた。
「だから、他の奴に納棺される前に僕が貴女を納棺します。意味、分かりますよね？」
微笑みながら聞くと、
「ごめん！前言撤回する！」
彼女は叫んで逃げる様にこの場を立ち去った。
その後、一人になった僕の前で、通りすがりのイライさんが苦笑しながら言った。
「君って本当Aの事になると社交恐怖が吹き飛ぶよね」
僕には、何の事だかさっぱり分からなかった。
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作者名：にゃろ | 作成日時：2019年11月4日 21時
