免許 ページ34
「今日の司咲ちゃん、いつもに増してかわいい」
1月20日の水族館デート当日。司咲は何故か、つばさとのデートを嗅ぎつけてやって来た基裕に飾り付けられた。ハーフアップに結んだ髪には青いリボンがふんわりと巻かれていて、顔には薄く化粧が施されている。長めのワンピースは黄緑色で、石切丸を彷彿とさせる色合いだった。その上に、白のボアコートを合わせ、茶色のモコモコブーツを履いている。マフラーは緑のチェック柄だった。
「行こう」
頷いた司咲を、つばさは誘導して車の助手席に座らせるとドアを閉めた。自分も運転席に乗り込んで、つばさは司咲を見てふわっと微笑んだ。
「コーヒーとカフェモカどっちがいい?」
顔の前に掲げられた2つの紙カップ。司咲はそっと手を伸ばした。
「……モカ」
受け取ると、司咲はそれを両手で優しく握った。
「ありがとう。…あったかい」
飲み終わったら捨てられてしまうような、中身がなくなればつばさだってすぐに捨ててしまうようなものに憧れたことはない。けれど、今は司咲が握っている紙カップになりたいと思った。バカみたいなことを考えていると自分でも分かっている。
仕草ひとつに心が揺れ動く。いつまででも見ていられる、愛しい人。綿菓子のように甘い顔で司咲を見つめる姿は俳優ではなく、ただの恋する男だった。
「……何」
「かわいいなって」
見つめられることに耐えきれなくなってじとりと睨みつければ、そんな言葉が返ってきた。ため息を吐けば、つばさは車のエンジンをかけた。
「嫌われる前に出発するね。そこのドリンクホルダー使って」
車が動き出して、司咲はカフェモカを飲みながら横目でつばさを一瞬盗み見た。前を向くつばさの横顔は真剣で、少しだけカッコいいと思った。それはきっと、司咲が運転できないからだろう。
「……運転、できたんだ」
小さな声で呟いた司咲の声につばさは微笑んだ。
「俺の実家、田舎だから。運転できないとどこにも行けないんだ」
「…そう」
「…惚れた?」
「…そーゆーこと言わなければカッコいいのに」
「残念」
嬉しそうに、弾むような声音でそう言うつばさに司咲は顔を背けた。
「司咲ちゃんは?運転するの?」
「…できないわ。そもそも免許持ってない」
「司咲ちゃん、ずっと東京だもんね。必要ないか…」
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作者名:星ノ宮昴 | 作成日時:2021年10月25日 23時