泣いている ページ42
沈んでいく夕日を見て、司咲はホテルの中に入っていった。その背中を追いかけたつばさは手を伸ばした。肩を掴んで引き寄せると、抱きしめた。ちょうど死角になる場所だった。彼女の手がつばさの胸を突っぱねる。
「離して」
「泣いている理由、教えてくれるなら」
「はあ？泣いてないわよ」
「心が泣いてる」
一瞬、言葉を失った。息を呑んだ司咲を強く抱きしめた。慰めるように優しく髪を撫でられて、抵抗できなくなった。
「……迎えに来るから、ここで待ってて」
「…え？」
「お母さんが私に言った言葉よ。2歳の頃の断片的な記憶だけど、その言葉だけは覚えてる。でも、お母さんは迎えに来ることはなかった」
児童養護施設の前に置き去りにされた司咲はそれから施設に引き取られた。霊や妖を視る特異体質の司咲がそこに馴染めるわけもなく、次第に除け者にされていった。
「道中に見た、夕焼けがとても綺麗だった」
「会いたい？」
司咲は首を横に振った。
「会えないわよ。23年も月日が経ってるのよ？今更会って何を話せばいいのよ」
強引なのに、司咲を抱きしめる腕はひどく優しくて、涙が溢れそうだった。目に力を入れて堪えると、小さく息を吐き出した。
「私はどこかで元気に暮らしているならそれでいいの。それで私は…幸せ、だから」
声が震えた。
「嘘。会いたいくせに」
「はあ？」
「手も足も震えてる。本当は苦しんでるんでしょ」
「適当なこと言わないで」
つばさの胸を押す腕に力が入らなくて、司咲は奥歯を噛み締めた。
「私は2年間、ちゃんと愛されていたの。じゃないと『愛している』なんて書き残さないでしょ」
「愛しているならどうして捨てるの？もう強がらなくていいから」
「強がってないわよ！」
だんだんと口調が刺々しくなっていく。何故だか無性に腹が立った。彼の肩をバシッと叩いた。緩んだ腕を振り解いて、司咲はつばさを睨みつけた。
「本当は寂しいんでしょ。もっと一緒にいたかったんじゃないの？」
優しい声がかえって司咲の怒りに触れている。
「ふざけたこと言わないで！寂しくないわよ！一緒にいたって私はお母さんとお父さんを傷つけるだけなのよ！いられるわけないでしょ！」
「司咲ちゃんは怒ると思うけどさ」
つばさは一歩、司咲に近づいた。両手を握って、悲しみを帯びた瞳を見つめた。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年8月5日 22時
