キス ページ50
風呂上がり、向かい合う男と女。そろそろ覚悟を決めないといけない。
ゆらゆらと視線が行ったり来たりして交わらない司咲の頬を博喜が包み込んだ。
「大丈夫？」
「だ、大丈夫…」
触れられた場所からまた熱くなっていく。博喜のことは友だちとして好きだ。そこに恋情はないはず。なのにキスされるのは何故だか恥ずかしくて、少しだけ嬉しくて。
「お願いします…」
目を閉じると、頬から手が離れて肩をポンポンと撫でられる。
「力抜いて。任せてくれればいいから」
「……うん」
深呼吸を数回したところで、ゆっくりと唇が柔らかいものに触れられた。
そんな時、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。ハッとして離れてしまった。
「…ごめん」
こんな時間に誰だ、とカメラを確認するとそこに写っていたのは隣に住んでいる西川さつきという女性だった。80を過ぎ、一人暮らしをしている。認知症で、よく間違えて司咲の家のインターホンを押す。
「あれ、さつきさん。どうしました？」
「あら、葵ちゃん来ていたの？」
葵、とは彼女の若くして亡くなった孫の名前。ちょうど生きていたら司咲と同い年らしい。
「私はずっとここにいますよ。さつきさんの家はお隣ですよ」
靴を履いて、司咲は彼女の手を取った。
「一緒に行きましょうか」
「ありがとう」
すぐそこの彼女の家へ案内すると、さつきはにこにこと笑って礼を言った。
「葵ちゃん、ご飯を食べて行って」
「…うーん。そうしたいのは山々なんですけど、私今すぐにやらなければならないことがありまして。今日はお気持ちだけいただきますね。ありがとうございます」
「そう。大変ね、葵ちゃん。体には気をつけてね」
「ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」
手を振って家に戻った。玄関の鍵を閉めてリビングに戻ると、司咲はさっきまでいた場所に座った。
「ごめんね」
「ううん。葵ちゃんって言われてたね」
「葵ちゃんはさつきさんの孫娘だよ」
「そっか。優しいんだ」
「別にそんなんじゃ…」
言いかけて、博喜の顔が近づいていることに気がついた。司咲は目を閉じてそれを待った。さっきのを一回にカウントするのなら、3度目の口づけだ。
頬を優しく包まれて、唇に柔らかいものが触れた。それは恋人にするキスではないけれど、司咲の心は高鳴った。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年6月29日 15時
