序章 ページ1
それは大雨の日だった。雨の影響で電車は運休。勢いに任せて会社を辞め、これからどうしようかと途方に暮れていた。たまたま持っていた折りたたみ傘を差し、人波が押し寄せる新宿の駅を遠目に眺めていた。
「…最悪…」
彼女の家は府中市にある4階建てアパート。徒歩10分圏内に大國魂神社があり、東京23区からすれば田舎だがそこそこ賑わっていた。
だが、電車が止まってしまっては帰ることもできない。仕方ないからどこかホテルにでも泊まろうかと近場のホテルを調べたがどこも満室だった。
ため息を吐いて踵を返した。とにかく、どこか雨宿りする場所を探さなければならない。夏が近いとは言え、雨で空気が冷え込んでいて寒い。このままでは風邪をひいてしまう。
今日を凌げたとして、明日からどうすればいいかとか、考えなければならないことは山積みだった。子どもの頃は呑気でよかった。大人になってひしひしと感じてしまう。
「生き辛いな…」
きっと、その時の彼女の瞳は死人のようだったのかもしれない。だから、気がつかなかった。その存在に。
「ねえ、じゃあ僕たちと行こうよ」
顔を上げたら、複数の男性がいた。見るからに柄の悪そうな、いかつい刺青をした3人の男。
息を呑んだ。本能が警鐘を鳴らしている。
「…ごめんなさい。わ、私…行かなきゃ…‼」
彼らに背中を向けた時、その細い肩を冷たい手に掴まれた。
「や、やめて…！離して‼」
必死にもがく。だけど、道ゆく人は彼女に白い目を向けるだけ。見てみぬふり、ではなく変なものを見る目をしていた。それに既視感があった。
「……あ」
ぶわっと涙が溢れた。後ろを少し振り返ると、その輪郭は若干だがぼやけていてその場に崩れ落ちた。傘が手から滑り落ちて、雨に打たれる。
彼らの言った『行こう』は『逝こう』ということだったのだ。顔を覆った。彼女の奇行に誰もが不審な目を向ける中、その肩に誰かの『温かい』手が触れた。
「あの、大丈夫ですか？」
肩を跳ねさせて振り返る。さっと全身の血が下がるのが分かった。キャパオーバーだった。その手を振り払って怯えたように後ずさった。
「……おばけっ…！」
ただただ恐ろしくて、どこに向かっているのかも分からずに走り出した。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年6月29日 15時
