続壱 ページ23
心臓が一瞬にして鼓動を更に早くする。私は寝たフりをして、相手の言葉を聞いていよう。それしか浮かばず、目を瞑った。
床の軋む音と靴の音。聞いていると、建物はあまり新しくない。木造住宅だろうか。靴の音も、歩く速度は遅くない。少し早い方だろう。だとすると若い男性の可能性がある。女性の靴なら多分高い音が鳴る筈だ。
私は探偵でもなんでもない。これは私が勝手にそう判断した事だ。
靴の音が段々近付いてくる。そしてベッドの近くまで来ると、どんっ、とベッドが沈んだ。
顔に少しずつ何かが近付いてくる。
あぁ、怖い。怖いっ、怖いっ!
「っ!」
怖くて、強く目を瞑った。そして構えた。涙が流れた。
「起きてんだろ」
その声に私は咄嗟に目を開けた。開けた瞬間だった。手首を押さえつけられ、唇を塞がれる。生暖かいものが口の中に入ってきた。
「っ」
「大人しくしてろ」
接吻を、私は受け入れた。気分が、悪くなかった。むしろ、気持ち良かった。
唇同士が離れ、息を整える。
「よく耐えたな。ご褒美だ」
そして今度は首筋に軽く噛み付き吸い上げる。
「っ!!」
何が何だか分からなくて、ただ逃げる理由も、声を出す理由も、何も見つからなかった。
「ほんと、手前は静かだな。」
頬を伝う涙を、彼の黒い手袋に弾かれる。
「先に手を出したのは手前だ。奪われる覚悟は出来てんだろ?」
顔を覗き込み、頬を包み、目を離さない彼に私は顔を逸らしたかった。醜い私を見てほしくない。
「よそ見すんな。」
耳元で甘ったるく囁く声に身体が熱を帯びて、恥ずかしさとまるで独占欲を、そのまま感じるような感覚に耐えきれず目眩がしそうになる。
目の前が真っ白になりそうだった。
ベッドの軋む音が、この部屋の中で響いた。
「愛してる、優希」
その言葉が、私を完全に支配した。
私は息をするのも忘れ、涙を流すことすら、身体を動かすことすら何も出来ずに彼を見つめた。
ただ、雲に隠れていた満月が部屋を照らし、月が見つめるなか、影はひとつに重なった。
それからの事は、記憶はあるけれど夢の中をさ迷っているように思えた。甘美な夢だった。
隣で眠る彼に、手を伸ばして、その暖かさを確認して、私は泣いた。
涙は止まることを知らず、永遠と流れた。声を上げる訳にもいかず、両手に溜まる涙を眺めていた。
この両手から零れる程、私は彼に恋い焦がれていたのかと思うと、何だか馬鹿らしく思えた。
私は、初めて幸せを感じたように思えた。
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作者名:翼 | 作成日時:2016年6月25日 8時