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「雪君、いいかな。」

 いつかのような言葉。


_嫌な声だ。


 耳を塞ぎたくなる。
 彼は隣に座った寂雷に一瞥もくれず腰を浮かしかけた。が、彼はその場に引き付けられる。
 ぎちりと固定されている腕。細く白い手からは想像もできない程の強さで腕を掴まれていた。

 はじめて、寂雷の顔を見る。


な、に…。


 悲痛な面持ち。今にも泣きそうな、去っていく母親の背を見送るような。
 __あの時の_ _のような顔。


なに。

なんだよ。

なんで、そんな顔…。


「お願い。少し、話を聞いてほしい。」


嫌だ。


 口を開きかけ、閉じる。あの顔を思い出すのは嫌だ。代わりに彼の中に嫌な記憶がダムが決壊するかの如く溢れ出す。
 母の背を、言葉を、家族を悪として語る警察官たちの顔を__。


どうして?
信じていたのに、裏切られた。

違う。
俺のせい。

俺がこの人からすぐに離れればこんなことにはならなかったのに。
大嫌いだ。
会わなきゃよかった。
知らなきゃよかった。
どうして。

___知りたく、なかった。



「_…ど、して。」



 こらえ切れなくなり、零れ出た言葉は音もたてず、しかし重く落ちる。地面に落ちて潰れる果実のようだった。


 寂雷はどんな顔をしているだろう。悲しんでいるのか、それとも嘲笑しているのか。
 しかし返ってきた言葉は、罅割れた壁に杭を打ち付けるような、そんな、衝撃。



「ごめんね。」



 彼は寂雷の顔を凝視する。

 悲しんでいるわけでもなく、嘲笑しているわけでもない。怒ってもいない。ただ、一本芯の通った蒼い瞳が、やっと目が合った彼を貫く。





「私は、私のしたことを君に謝ることはできない。ごめんね。」





 辛くて、苦しくて、張り裂けそうだった。

 いっそそうなってしまったら、どれほど楽だっただろう。

 目の前の男は、何に謝罪しているんだ?


 謝ることができないという謝罪。


 綻んでいた彼の心が、ついに、崩潰する音が聞こえた気がした。




「な、んで…。」




「_なんで…どうして…おれ、に、とっては…」



誰が何と言おうと



「_俺にとっては大切だった…!!周りなんて関係ない…ただ、それだけが、幸せだった…なのに、あなたのせいだ、あなたの…ッ」



 「アンタのせいよ。」
 「アンタなんて、産まなきゃよかった。」



「…あ。」



 「産まなきゃよかった。」



「あ、あ…。」



 もう、彼には何も残されていない。

35→←33: _の世界



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Last(プロフ) - カナリアさん» ありがとうございます。僕自身も今作の主人公はお気に入りです。これからも堪能していただければと思います。 (2018年12月28日 12時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
カナリア(プロフ) - 主人公くんが可哀想で可愛くて個人的にダイレクトでした…… (2018年12月27日 22時) (レス) id: 90bd7d6cd5 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:Last | 作成日時:2018年11月24日 20時

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