19: 外の世界 ページ20
雪が寂雷の部屋につく間逃げる気配はなかった。
観念したのか、それとも何か別の理由があるのか。その表情は読み取れず、結局寂雷は諦めた。
部屋につくと寂雷は奥に進んでいく。雪はどうしていいかわからずその場に突っ立っていた。
しばらくして、ザ、という音がしたかと思えば、腕まくりをした寂雷がやってくる。
「どうしたんだい。上がりなさい。」
やや遠慮がちに靴を脱ぐ雪に寂雷は首を傾げた。雪としては二度と戻ることはないと思っていた場所であるだけなんだか複雑な所懐であったが寂雷は知る由もないため、まだ警戒されているのだろうな、程度の認識であった。
朝、というか昼に結局雪が食べずに放置してある朝食のあるリビングへ向かう短い廊下。その途中の一室から玄関で鳴っていた_まるで滝のような_音が大きく聞こえた。
開けっ放しになっているその部屋は___
「ああ。色々と話したいこともあるのだけれど、とりあえず__」
__風呂場。
「__お風呂に入ろうか。」
ちゃぷ、という音が耳に珍しい。
ホテルに行った時にしか入ることができないため、風呂なんて久しぶりだった。今までは公園の水道で顔を洗う程度だったうえに、ホテルに入れることは稀中の稀。しかもお湯が張ってあったことなんて今まで一度もない。
傍から見ればただのマンションの風呂だろうが、雪にとってはこれ以上ない贅沢だ。
髪から雫が滴る。
風呂に入ろうと言われた時は、まさか一緒に入るという意味なのかと思ったが、まさかそんなことはなく、シャワーの使い方を教えられただけだった。__ただ髪は洗ってもらった。
不潔な髪は今までの汚れが蓄積され、いくら洗ってもシャンプーが泡立たない。何度目かにしてやっと泡が立った。
広い風呂。温かいお湯は体の所々にある傷に染みる。
もはや痛いとも思わないくらい日常となってしまったそれらを湯の中でそっと撫でる。かさぶたになった傷を見るたび、これでまた__母さんにたちに喜んでもらえる、と心が躍った。
この努力の結晶たちこそ、家族の次に大切な宝物。
ひどく歪んでいる。
浴槽の縁を掴んで立ち上がる。ザプ、という音。浴槽の中で踊るお湯さえ興味津々に見つめる。
思うのは、ここに向かう途中寂雷が言った言葉。
「君のお金の問題は、もしかしたら何とかなるかもしれない。」
それは雪に言っているようにも聞こえたし、独り言のようにも聞こえた。
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Last(プロフ) - カナリアさん» ありがとうございます。僕自身も今作の主人公はお気に入りです。これからも堪能していただければと思います。 (2018年12月28日 12時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
カナリア(プロフ) - 主人公くんが可哀想で可愛くて個人的にダイレクトでした…… (2018年12月27日 22時) (レス) id: 90bd7d6cd5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Last | 作成日時:2018年11月24日 20時