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「そう……そう、か。」


 溺れるように口からぽつりと小さく零れた言葉。聞こえたけれど、どういう真意があるのか、感情の希薄な彼には到底理解できなかった。

「あ、あの…。」
「…神宮寺寂雷。……寂雷、で、構わないよ。」

 そう言って微笑む。そして雪は不思議な気持ちになる。


この人の笑顔は、どうして俺をこんなに悲しくさせるんだろう。


 もう考えようとすることすら諦めた。どうせ答えなんて出ないのだから。

「もうすぐ昼休みが終わる……そうだね。少し、待っていてくれるかい?」

 首をかしげるが相手は白衣をなびかせ、病院の玄関へ向かってしまった。


「じんぐうじ、じゃくらい……。」


 人の名前なんて唱えるのは何年ぶりだろう。実際、彼は両親と妹以外、人の名前には全く興味がなかった。
 どうせ一夜限り。常連だからといって相手の仕事なんかは微塵も興味がない。金を持っているか、否か。その2択のみ。

 爽やかな風がボサボサに伸びた彼の髪を撫でる。


今からでも間に合う、逃げてしまえ。


 そんな卑しい感情が沸き上がるが、あの微笑みに、穏やかな口調に、すべてかき消されてしまう。

こんな感情、両親や妹にだって。

 そこまで考えて、雪はふと口元に手を添える。
 なんの変哲もない、ただの手。爪は肌やコンクリートの壁を引っ掻きボロボロ。関節には皸。いや、そうではない。

 漠然とした違和感。

 何かがおかしい。


「ユキ…。」


 自分の名前を唱える。しかし、違和感。
 まるで、自分の名前ではないような。

 ユキ。

 いや、まさしく自分の名前だ。


…?なにかおかしい。

思い出せない。

名前。



 自分の名前を呼ぶ人の名前が思い出せない。



妹の名前は何だっけ?


父さんの名前は?母さんは?


自分の、本当の名前は…?




まあ、いいか。




 巡る巡る頭の中。彼がそれで納得できたのは、それでも家族への変わらない愛情と__


 根気強く続けられた、洗脳の賜物だろう。



「雪君。」



 呼ぶ声の方を向く。
 両親ではなことに若干肩を落とすが声の主の姿に安心している自分がいた。

 先程と違い白衣を脱いでいたがその理由はすぐに相手の口から語られた。


「今日の午後はお休みをもらうことにしたんだ。」


 さ、戻ろうか。と伸ばされた手をとることに疑問を抱かなくなってしまった自分に疑問を抱く。


 それは恐怖なのか。それとも……____。

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Last(プロフ) - カナリアさん» ありがとうございます。僕自身も今作の主人公はお気に入りです。これからも堪能していただければと思います。 (2018年12月28日 12時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
カナリア(プロフ) - 主人公くんが可哀想で可愛くて個人的にダイレクトでした…… (2018年12月27日 22時) (レス) id: 90bd7d6cd5 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:Last | 作成日時:2018年11月24日 20時

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