1: 彼の世界 ページ2
ひっそりとした公園の端に設置された公衆便所に、ソレはいた。正確に言うならそれら、だが。
清掃の行き届いていない男子便所の個室。グレーの人影が肩で呼吸を繰り返す。
「っはぁ…はぁ…__はは、よかったよ。ウワサを信じて来た甲斐があった。」
グレーのスーツ姿の男は下卑た笑いを足元に向け、乱れたスーツを直す。別に彼は独り言を話しているわけではない。
恍惚とした表情の眼下には、肌色の塊。薄桃色の唇からは細い呼吸が繰り返されており、口の端からだらしなく垂れる涎がただでさえ汚れている床に糸を引いていた。
見た目から察するにまだ若いだろう。見ようによっては10代後半にも見える。
長い前髪から覗く光の灯っていない瞳が男をじっと見つめる。その視線に気づいた男は「そうだったな。」と呟いていかにも高級そうな皮財布から数枚のお札を取り出し、眼下の彼に向けて放った。
「__じゃあ、また来るからね。」
毅然とした態度の福沢諭吉が描かれたお札がひらひらと自由落下し、転がる青年の顔の横に着地するとほぼ同時に、男は個室から出て行った。
青年はしばらくの間カビの生えたタイルと福沢諭吉とをぼうっと眺めていたが、そのうちゆっくりとした動きでお札をつまみ、体を起こした。
_鉛のように重い。
彼の身体にはいたるところに青あざや擦り傷、切り傷が刻まれていた。それは明らかに人為的なもので、大した処置も行われていないため傷口が化膿している部分まである。
汗のような涙のような_また、それとは別の粘液_をトイレットペーパーで拭き取って水に流す。
個室の隅に無造作に抛られた衣服を億劫そうに着て、小汚いジーンズのポケットに札を突っ込んだ。
重怠い足取りで個室を出た彼はまた、新宿の夜闇に溶け込んでいく。
これが彼、汪海_ _の日常。
そして
__彼の終わりの物語。
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Last(プロフ) - カナリアさん» ありがとうございます。僕自身も今作の主人公はお気に入りです。これからも堪能していただければと思います。 (2018年12月28日 12時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
カナリア(プロフ) - 主人公くんが可哀想で可愛くて個人的にダイレクトでした…… (2018年12月27日 22時) (レス) id: 90bd7d6cd5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Last | 作成日時:2018年11月24日 20時