【入間銃兎】運命だけど、恋じゃない。【男主】

サイアクな一日＿後編 ページ9

気持ち悪いッ……！！


帰って、玄関で蹲って、やっと震えが帰ってくる。ゴミをぶっかけた時の気丈さは残っていない。
男らしさとは違う太い指が、首に触れた。

触れられた。



『う、ぷ……。』



俺はあの男に妄想の中で何回辱められた？
アイツは虎視眈々と狙っていた。

何度も何度も。果ては通勤の電車の中でさえ。


服の上から、肩を、背中を、腰を、尻を。

そして今日は生肌を。



『………。』



グシャ。


両手で頭を抱える。
放り投げた鞄。
奥歯で舌を噛む。


吐きそうだ。


最悪、最悪……。
嫌だ。
なんで俺ばっかり。


今まで生きてきた中で、絶対に言わないように抑えつけていたのに。
誰にも聞こえない声なら、と。
ぽつんと零れた。涙と共に。




『………もう、嫌だ。』




だから、必死に帰ってきたせいで同居人に気付かなかったのは、誰も悪くない。



「A？」



呼ばれて俺は酷いことに、
同じ男だ。
そう思ってしまった。



「なにがあったんですか？！…こんなに震えて」



投げ出された鞄と、頭を抱えて顔を伏せるAを銃兎は交互に見やる。

Aは答えない。
応えられる状況じゃない。


唯一無二の番が怯えている。

会社帰り。

何があった。


残念なことに銃兎には状況を判断する能力とそれを察するがありすぎた。
そのうえ聞かれたくなかった呟きも聞こえていた。

…聞こえたからこそ、玄関の闇の中にいるのがAだとわかったのだが。



「Aさん。落ち着いてください」



銃兎は蹲るAに触れたが、悪手。



『ひッ……』



Aは引きった声をあげた。
しかしここにいてもどうにもならない。置いた手を動かさず、ゆっくりと話しかける。



「俺が分かりますか？」



Aの耳に響く、その声。

知ってる。知ってるけど、嫌だ。
男だ。
嫌い。

いやなのに、もとめている。

それがみっともなくて嫌だ。



『い、い、い…いるま、さん』



凍えている声が出る。
怖い。怖い。怖い。



「そうです。とりあえず、リビングのソファに座りましょう。立てますか？」



首を必死に横に振る。

嫌だ。立てない。立てないから、放っておいてください。

けれど願い通じず、入間さんは、俺を無理やり抱えて運んだ。



「もう、大丈夫です。何もしません。」



ゆっくり下ろされた柔らかいソファ。
眼鏡の奥の目は、同じ柔さ。


それに妙な安心をおぼえて、俺の最悪な一日はやっと終わったのだと思えた。

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