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人は思いもせぬ妄想を、己も知らぬ内に心のどこかで抱えているものである。
「――――あら――…」
こう呟く白い絹製の寝巻に身を包んだAは、周りをきょろきょろと見渡した。
彼女が小さな蕾みたく座り込んでいるその足元には、朝露を乗せた芝生が青々と広がっている。
空気は湿気を多く含んでおり、Aの周辺を深い霧で覆っていた。
天気はいつも通りの曇天だが、心なしか、やけに黒く淀んでいた。
可笑しいわ、確か私はベッドで寝ていたはずなのに。
肌を伝わる冷たい空気に体をぶるりと震わせ、Aは徐々にただならぬ不安に駆られた。
ここはどこなの?
「……ヘンリー?……ヘンリー、いないの?」
彼女が目を覚ませば隣で読書をしている彼もおらず、人どころか、空を飛ぶ鳥1羽も蟻1匹さえも見当たらない。
音も自分の声以外何も聞こえてこなかった。
その場に座っていることさえも恐ろしく思えて、おもむろにAは立ち上がった。
草を踏みしめて細い足をゆらゆらと歩ませる。
「ねえ、ヘンリー、誰か……誰か、いませんか。ねえ、誰か、誰か……!」
声が虚しく消えていく。
少しずつ悲痛な叫びとなっていくことにAは気付かぬまま、続けて喉から声を絞り出す。
「悪戯ならやめて、お願いだから。ヘンリーがやったの?何か悪いことをしたなら謝るから!全部私が悪いんでしょ!?ごめんね、ごめんなさい―――」
次第に自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
独りぼっちである恐怖を覚えてしまえば、腹の底からぞっと這いずり上がって来るものに戦(おのの)くことしかできなくなってしまう。
ましてやAのような身も心も幼い者では耐え難い感覚だ。
やがて涙は大粒の雨となって零れ落ちて行き、声も引っかかっては嗚咽へと変わっていく。
「えっうっ…ぐっ、ご、めなっさ、いぃ、うっ…悪っいっ子、子で…ぇんなさ、ぁ…!」
必死で泣き止もうと胸を押さえるもまるで効果はなく、器からぼたぼたと溢れてしまう涙。
Aの喉が締め付けられる痛みを感じた、その時であった。
「姉さんは何も悪くないよ」
どこからか聞こえてきた、相手を思いやる、春の日差しの温かさを思わせる声。
更にAではない足音が近づいてきたかと思えば、彼女の体をぎゅっと抱きしめた。
ぐしゃぐしゃになった顔を上げれば、そこには1人の男の子がいた。
Aと同じ巻き毛の茶髪を1つにし、とろんと垂れた藍色の瞳はヘンリーのものと全く同じであった。
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白梅 和平(プロフ) - ccさん» コメントありがとうございます!第3章は特に内容が複雑なため書くのに苦労しているのですが、ちゃんと伝わっていると分かり安心しました。久々のコメントで嬉しかったです。更新頑張ります! (2018年4月8日 14時) (レス) id: 4fe8a6b6f6 (このIDを非表示/違反報告)
cc(プロフ) - 情景描写が繊細で、独特な世界観にすぐ引き込まれてしまいました。もっと評価されるべき作品だと思います。続き、楽しみにしています! (2018年4月7日 10時) (レス) id: 3524d9e2e8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白梅 和平 | 作成日時:2017年7月4日 21時